・・・その代りに小野の小町を、――あの憎らしい小野の小町を、わたしの代りにつれて行って下さい。 使 そんなことだけで好いのですか? よろしい。あなたの云う通りにします。 小町 きっとですね? まあ、嬉しい。きっとならば、…… 使 ああ・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・もう一週間もたたない内に、あの憎らしい黒ん坊の王は、わたしをアフリカへつれて行ってしまう。獅子や鰐のいるアフリカへ、(そこの芝わたしはいつまでもこの城にいたい。この薔薇の花の中に、噴水の音を聞いていたい。……王子 何と云う美・・・ 芥川竜之介 「三つの宝」
・・・本当に憎らしい犬だよ」といった。 夜になって犬は人々の寝静まった別荘の側に這い寄って、そうして声を立てずにいつも寝る土の上に寝た。いつもと違って人間の香がする。熱いので明けてある窓からは人の呼吸が静かに漏れる。人は皆な寝て居るのだ。犬は・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・令夫人は、駒下駄で圧えても転げるから、褄をすんなりと、白い足袋はだし、それでも、がさがさと針を揺り、歯を剥いて刎ねるから、憎らしい……と足袋もとって、雪を錬りものにしたような素足で、裳をしなやかに、毬栗を挟んでも、ただすんなりとして、露に褄・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 憎らしい鼻の爺は、それはそれは空恐ろしいほど、私の心の内を見抜いていて、日に幾たびとなく枕許へ参っては、(女、罪のないことは私と、つけつまわしつ謂うのだそうで。 お米は舌を食い切っても爺の膝を抱くのは、厭と冠をふり廻すと申すこ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・ 様子に見せまいと思っても、ツイ胸が迫って来るもんですから、合乗で帰る道で私の顔を御覧なすって、 と笑いながらいって、憎らしいほどちゃんと澄していらっしゃるんだもの。気分は確だし、何にも知らないで、と思うとかわいそうで、私ゃかわ・・・ 泉鏡花 「誓之巻」
・・・岡村の顔を見れば、それほど憎らしい顔もして居らぬ。心あって人を疎ましくした様な風はして居らぬ。予は全く自分のひがみかとも迷う。岡村が平気な顔をして居れば、予は猶更平気な風をしていねばならぬ。こんな馬鹿げた事があるものか。「君此靄は一寸え・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・「まあ憎らしい、あんなこといって」「そんなら省さん、なで深田へ養子にいった」 お千代はこう言ってハヽヽヽヽと笑う。「それもおとよさんが行けって言ったからさ」「もうやめだやめだ、こんなこといってると、鴨に笑われる。おとよさ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・「まあほんとに口笛だわ。憎らしいのね」 朝夕朗々とした声で祈祷をあげる、そして原っぱへ出ては号令と共に体操をする、御嶽教会の老人が大きな雪達磨を作った。傍に立札が立ててある。「御嶽教会×××作之」と。 茅屋根の雪は鹿子斑にな・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・ほんとに憎らしい父様だよ。と光代はいよいよむつかる。いやはや御機嫌を損ねてしもうた。と傍の空気枕を引き寄せて、善平は身を横にしながら、そうしたところを綱雄に見せてやりたいものだ。となおも冷かし顔。 ようございます。いつまでもお弄りなさい・・・ 川上眉山 「書記官」
出典:青空文庫