・・・昔から、その島へいってみたいばかりに、神に願をかけて貝となったり、三年の間海の中で修業をして、さらに白鳥となったり、それまでにして、この島に憧れて飛んでゆくのであった。白い鳥は、その島にゆくと、花の咲いている野原の上で舞うのである。またある・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・あなたの声に、どんなに、すみれさんは憧れていましたか。どうか一目あなたの姿を見たいものだといっていましたが、かわいそうに、二日ばかり前にさびしく散ってしまいました。」と、ぼけの花は、小鳥に向かっていいました。 小鳥は、くびをかしげて聞い・・・ 小川未明 「いろいろな花」
・・・ あくる日から、日暮れ方になって夕焼けが西の空を彩るころになると、三郎は野の方へと憧れて、友だちの群れから離れてゆきました。ある日のこと、彼はついに家へ帰ってきませんので、村じゅうのものが出て探しますと、三郎は野の中の池のすみに浮き上が・・・ 小川未明 「空色の着物をきた子供」
・・・ 美の世界、正義の世界、親愛の世界、人類共楽の世界、それを眼に描かず、憧れず、また建設の誠実なき人々には、純真な童話の世界も、また決して、分かるものでない。 小供の勇気を見よ。冒険を信ぜよ。子供のすべてはロマンチシストであった。なん・・・ 小川未明 「『小さな草と太陽』序」
・・・しかし勘当されたとなると、もうどこも雇ってくれるところはなし、といって働かねば食えず、二十五歳の秋には、あんなに憧れていた夜店で季節外れの扇子を売っている自分を見出さねばならなかったとは、何という皮肉でしょう。「自分を見出す」などという言い・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・高校生に憧れて簡単にものにされる女たちを内心さげすんでいたが、しかし最後の三日目もやはり自信のなさで体が震えていた。唄ってくれと言われて、紅燃ゆる丘の花と校歌をうたったのだが、ふと母親のことを頭に泛べると涙がこぼれた。学資の工面に追われてい・・・ 織田作之助 「雨」
・・・まことにそれも結構であるが、しかし、これが日本の文化主義というものであろうと思って見れば、文化主義の猫になり、杓子になりたがる彼等の心情や美への憧れというものは、まことにいじらしいくらいであり、私のように奈良の近くに住みながら、正倉院見学は・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ 私はその名に憧れて自由寮の寮生になった。ところが自由寮には自治委員会という機関があって、委員には上級生がなっていたが、しかしこの委員は寮生間の互選ではなく、学校当局から指命されており、噂によれば寮生の思想傾向や行動を監視して、いかがわ・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ しかし、彼とても人並みに清潔に憧れないわけではない。たとえば、銭湯が好きだった。町を歩いていて銭湯がみつかると、行き当りばったりに飛び込んで、貸手拭で汗やあぶらや垢を流してさっぱりするのが好きだった。だから一日に二度も三度も銭湯へ飛び・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・本当いえば、私は佐々木小次郎の自信に憧れていたのかも知れない。けれども佐々木小次郎の自信は何か気負っていたらしい。それに比べて坂田の自信の方はどこか彼の将棋のようにぼんやりした含みがある。坂田の言葉をかりていえば、栓ぬき瓢箪のようにぽかんと・・・ 織田作之助 「勝負師」
出典:青空文庫