・・・ 拳銃の這入っている革のサックを肩からはすかいに掛けて憲兵が、大地を踏みならしながら病院へやって来た。その顔は緊張して横柄で、大きな長靴は、足のさきにある何物をも踏みにじって行く権利があるものゝようだった。彼は、――彼とは栗島という男の・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・しかし、向うの憲兵隊から、彼は、はじめから来ていない、という電話です。いったいならば、憲兵がこちらへ捜査に来る筈なのですが、この大雪で、どうにもならぬ。依って、まず先に内々の捜査を言いつけて来たのです。それで私は、あなたに一つ、お願いがある・・・ 太宰治 「嘘」
・・・ ファシズムというと、わたしたちはすぐ戦争中のままの形で超国家的な大川周明の理論や、憲兵の横暴や、軍部、検事局その他人民を抑圧した天皇制の機構全体を頭にうかべて、なんとなしその全体に体当りで抵抗するのがファシズムへの抵抗という感じをもっ・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
・・・ 留置場へ降りがけ、教習室をとおりぬけたら正面の黒板に、 不逞鮮人取締 憲兵隊との連携と大書してある。 いよいよメーデーだ。警察じゅう一種物々しい緊張に満ちている。非番巡査まで非常召集され顎紐をかけ脚絆をつけた連・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・と追いつかわれて来た働く人々の間からは、スパイ制度と憲兵の活動によって、労働者階級として読むべき政治的な書物は根こそぎ奪われていたし、働く人々の日常からの判断としておこる当然の戦争に対する疑問や批判も、刑罰をもって監視されて来た。 した・・・ 宮本百合子 「五〇年代の文学とそこにある問題」
・・・天皇の名によって行われていたスパイと憲兵の絶対的な軍国主義権力が崩れて三年四年たってみると、情報局の報道と大本営発表でかためられた偽りの壁と封印の跡が、あたらしい回想と、そこに湧く批判の真実に消されはじめた。一九四五年の秋「君たちは話すこと・・・ 宮本百合子 「ことの真実」
・・・治安維持法が廃止され、憲兵・特高制度が廃止されたということは、直接治安維持法の対象とされていた民主的な思想の人々を解放したばかりではなかった。生きのこった日本の全人民が、はじめて幾重もの口かせ、手かせからときはなされたことを意味した。ニッポ・・・ 宮本百合子 「三年たった今日」
・・・ 日本は、アジアの憲兵であると云われて来た。過去の戦争の年々は、権力によってその場にひき出された個々の人たちの真の心根がどうであったにしても、世界史の上に演じた客観的な役割は、憲兵的である程度をこして、アジアの平和の毒害者であった。戦争・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
・・・一九四五年八月が来てその土地の憲兵隊が敗退してひきあげるとき彼等は郁達夫に日本語がわかり、彼等の侵略行動の目撃者、戦犯の証人であるということを恐怖した。彼等は郁達夫を殺した。 郁達夫の物語は、わたしたちにジャンバルジャンを思い出させ、レ・・・ 宮本百合子 「それらの国々でも」
・・・に対して、いくらかでも疑問をもち、侵略行為の人類的悪についてほのめかしでもしようものなら、憲兵と警察と密告者の餌じきにされた。その上、野蛮な権勢を守るための言論封鎖の特徴として、そういう人権蹂躙が行われているという事実にふれて語ることさえ、・・・ 宮本百合子 「地球はまわる」
出典:青空文庫