・・・てうっかり買物のための行列に立っていると、陸軍のトラックがさっと走って来て、そうやって立っている時間があるなら洗濯でもしろと言って、婦人達を陸軍病院に連れて行くという人攫いめいたことも現実に行われた。憲兵の耳と捕縛する手というものは、殆ど人・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・ 人々がコーヒーを飲み了ったと思うと、憲兵の伍長が入り口に現われた。かれは問うた、『ここにブレオーテのアウシュコルンがいるかね。』 卓の一端に座っていたアウシュコルンは答えた、『わしはここにいるよ。』 そこで伍長はまた、・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・「鞍山站まで酒を運んだちゃん車の主を縛り上げて、道で拾った針金を懐に捩じ込んで、軍用電信を切った嫌疑者にして、正直な憲兵を騙して引き渡してしまうなんと云う為組は、外のものには出来ないよ。」こう云ったのは濃紺のジャケツの下にはでなチョッキを着・・・ 森鴎外 「鼠坂」
・・・「もう周囲が海軍の軍人と憲兵ばかりで、息が出来ないらしいのですよ。だもんだから、こっそり脱け出して遊びに来るにも、俳号で来るので、本名は誰にもいえないのです。まア、斎藤といっておきますが、これも仮名ですから、そのおつもりで。」 高田・・・ 横光利一 「微笑」
・・・巡査や憲兵も沢山いる。警手もいる。我々の出る幕ではない。――しかし父が自ら警衛したいという心持ちにも当然の理由を認めざるを得なかった。父の皇室に対する情熱は、乃木大将のそれのように、個人的なものである。徳川時代の主従関係に基礎を置いた忠義の・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
出典:青空文庫