・・・女親が少しむずかしやだという評判だけど、そのむずかしいという人がたいへんお前を気に入ってたっての懇望でできた縁談だもの、いられるもいられないもないはずだ。人はみんな省作さんは仕合せだ仕合せだと言ってる、何が不足で厭になったというのかい。我儘・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・この間、それ、謎のようなことを申した、あの光代様さ。懇望しているのは大抵お察しでしょう。ようございますか。お貰い申しましたよ。 * * * われはこの後のことを知らず。辰弥はこのごろ妻を迎えしとか。その妻・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・それから毘陵の唐太常凝菴が非常に懇望して、とうとう凝菴の手に入ったが、この凝菴という人は、地位もあり富力もある上に、博雅で、鑒識にも長け、勿論学問もあった人だったから、家には非常に多くの優秀な骨董を有していた。しかし孫氏旧蔵の白定窯鼎が来る・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・上士の残夢未だ醒めずして陰にこれを忌むものあれば、下士は却てこれを懇望せざるのみならず、士女の別なく、上等の家に育せられたる者は実用に適せず、これと婚姻を通ずるも後日生計の見込なしとて、一概に擯斥する者あり。一方は婚を以て恩徳のごとく心得、・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・ 他にも、懇望して居る人があると云うので、Aは気が気でないらしく見えた。全く位置を云えば、又と此位近所に見当ろうとは思えない。 彼は、その晩も、牛込まで行った。翌日は、時間を繰り合わせて、内を見せて呉れる家主の細君を待ち合わせた。・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・ 九郎右衛門、宇平の二人は、大村家の侍で棒の修行を懇望するものだと云って、勧善寺に弟子入の事を言い入れた。客僧は承引して、あすの巳の刻に面会しようと云った。二人は喜び勇んで、文吉を連れて寺へ往く。小川と盗賊方の二人とは跡に続く。さて文吉・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・しかし、ロシアは彼の懇望を拒絶した。そうして、第二に選ばれたものはこのハプスブルグの娘ルイザである。ルイザにとって、ロシアは良人の心を牽きつけた美しきアンナの住む国であった。だが、ナポレオンにとっては、ロシアは彼の愛するルイザの微笑を見んが・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
出典:青空文庫