・・・せっかくいままで苦労を忍んで生きて来たのだから、なおしばらく生きのびて世の成り行きを見たいものだという気持は私にもあった。しかし、それよりも、女房や子供がさきにやられて、自分ひとり後に残されてはかなわんという気持のほうが強かった。それは、思・・・ 太宰治 「薄明」
・・・を片付けると、必然の成行きとして「重力と加速度の問題」が起って来た。この急所の痛みは、他の急所の痛みが消えたために一層鋭く感ぜられて来た。しかしこの方の手術は一層面倒なものであった。第一に手術に使った在来の道具はもう役に立たなかった。吾等の・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ この迷信を笑う西鶴の態度は翻って色々の暴露記事となるのは当然の成行きであろう。例えば『諸国咄』では義経やその従者の悪口棚卸しに人の臍を撚り、『一代女』には自堕落女のさまざまの暴露があり、『一代男』には美女のあら捜しがある。 このよ・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・町の文化が東から西へ移ってゆく自然の成行きから、西の方のすばらしい発展を見せているのも、是非がなかった。「ここは格式ばっているだけ損や」お絹は言っていたが、あながち絶望もしていなかった。「さあ格式を崩したら、なおいかんじゃないかしら・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・これ等の事情をもって考るに、今の成行きにて事変なければ格別なれども、万に一も世間に騒動を生じて、その余波近く旧藩地の隣傍に及ぶこともあらば、旧痾たちまち再発して上士と下士とその方向を異にするのみならず、針小の外因よりして棒大の内患を引起すべ・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・黒き衣の陰に大鎌は閃きて世を嘲り見すかしたる様にうち笑む死の影は長き衣を引きて足音はなし只あやしき空気の震動は重苦しく迫りて塵は働きを止めかたずのみて 其の成り行きを見守る。大鎌の奇怪なる角度・・・ 宮本百合子 「片すみにかがむ死の影」
・・・どうも成り行きが思わしくありません。私たちには大きな勇気が必要です。悪い天候の後には必ず晴れた日が来るという確信を固く持っていなければなりません。愛する娘たち、私はその希望を抱いてあなた方を固く抱きしめます。」 刻々パリの危険が迫ってき・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・青年部と婦人部はもちろん協同で闘っているから、事件の成行きによっては、夜、家へも帰れない。一つの室に、ある人はテーブルの上で、ある人はイスの上で、夜明しをしなければならないこともある。その時一つの室に若い男と女とが夜中かたまり合っていたから・・・ 宮本百合子 「社会生活の純潔性」
・・・ 以上のように文学の現実的課題である作家の創作方法の問題とは切りはなして、文学の外で意識された民衆の文学の声は、その成り行きとして、民衆生活の自然発生な反映を文学に求める傾きを来たした。素人の文学ということが言い始められた。職業的な作家・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ 勿論それまでの成り行きは決してどの様な特別な形式も取られては居なかった。 彼は勧められて病院に入り養生をしたらしくあった。けれ共此頃、彼の心に湧いて居た事々が僅かながら解りかけて来た様な心持で種々考えて見ると、彼の死は非常に平穏な・・・ 宮本百合子 「追憶」
出典:青空文庫