・・・それだけに、一層戦友の言葉は、ちょうど傷痕にでも触れられたような、腹立たしい悲しみを与えたのだった。彼は凍えついた交通路を、獣のように這い続けながら、戦争と云う事を考えたり、死と云う事を考えたりした。が、そう云う考えからは、寸毫の光明も得ら・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・ で、まず、キシニョーフへ出て来て背嚢やら何やらを背負されて、数千の戦友と倶に出征したが、その中でおれのように志願で行くものは四五人とあるかなし、大抵は皆成ろう事なら家に寝ていたい連中であるけれど、それでも善くしたもので、所謂決死連の己・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・ 永井は、戦友達と共に、谷間へ馳せ下った。触れるとすぐ枝から離れて軍服一面に青い実が附着する泥棒草の草むらや、石崖や、灌木の株がある丘の斜面を兵士は、真直に馳せおりた。 ここには、内地に於けるような、やかましい法律が存在していな・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ 一時間ばかり後、それを戦友に渡すと彼はアメリカ兵のように靴さきに気をつけながら、氷の丘を下って行った。「俺もひとつ、負傷してやるかな。」彼は心に呟いた。「丈夫でいるのこそ、クソ馬鹿らしい!」 負傷者の傷には、各々、戦闘の片影が・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 五日ほど経った早朝、鶴は、突如、京都市左京区の某商会にあらわれ、かつて戦友だったとかいう北川という社員に面会を求め、二人で京都のまちを歩き、鶴は軽快に古着屋ののれんをくぐり、身につけていたジャンパー、ワイシャツ、セーター、ズボン、冗談・・・ 太宰治 「犯人」
・・・こう思った渠は一種の恐怖と憧憬とを覚えた。戦友は戦っている。日本帝国のために血汐を流している。 修羅の巷が想像される。炸弾の壮観も眼前に浮かぶ。けれど七、八里を隔てたこの満洲の野は、さびしい秋風が夕日を吹いているばかり、大軍の潮のごとく・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・「このような精力と熱情をもち、戦友に対してこれほどの献身をもつ婦人が、四十年近い間に運動のために尽した業績――このことは何びとも語らず、この事は同時代の新聞にも記録されていない。しかし私は知っている。コンミューン亡命者の婦人達がしば・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・の軍隊生活という特別な、常識はずれな生活の立体的な空気、感情の明暗、それに抵抗している主人公三吉の実感が濃くうき上って来ない。戦友としての人間らしいやさしさ、同時に行われる盗みっこ、要領、残酷、猥褻、目的のない侮蔑。「軍服」の中でそういう軍・・・ 宮本百合子 「小説と現実」
出典:青空文庫