・・・ クララが知らない中に祭事は進んで、最後の儀式即ち参詣の処女に僧正手ずから月桂樹を渡して、救世主の入城を頌歌する場合になっていたのだ。そしてクララだけが祭壇に来なかったので僧正自らクララの所に花を持って来たのだった。クララが今夜出家する・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・「太夫様お手ずから。……竜と蛞蝓ほど違いましても、生あるうちは私じゃとて、芸人の端くれ。太夫様の御光明に照らされますだけでも、この疚痛は忘られましょう。」と、はッはッと息を吐く。…… 既に、何人であるかを知られて、土に手をついて太夫・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 或時長頭丸即ち貞徳が公を訪うた時、公は閑栖の韵事であるが、和らかな日のさす庭に出て、唐松の実生を釣瓶に手ずから植えていた。五葉の松でもあればこそ、落葉松の実生など、余り佳いものでもないが、それを釣瓶なんどに植えて、しかもその小さな実生・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・「これほどの世間の重宝を、手ずからにても取り置きすることか、召使に心ままに出し入れさすること、日頃の大気、又下の者を頼みきって疑わぬところ、アア、人の主たるものは然様無うては叶わぬ、主に取りたいほどの器量よし。……それが世に無くて、此様・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・しかしまた先生は時に手ずから煙草をすすめられ、私は煙草を吸いませぬと申上げると、先生は Philosoph muss rauchen. *3とからかわれた。 当時の哲学科の学生には、私共の上のクラスには、両松本や米山保三郎などいう秀才が・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
・・・もと大夫には三人の男子があったが、太郎は十六歳のとき、逃亡を企てて捕えられた奴に、父が手ずから烙印をするのをじっと見ていて、一言も物を言わずに、ふいと家を出て行くえが知れなくなった。今から十九年前のことである。 奴頭が安寿、厨子王を連れ・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・おれが手ずから本磨ぎに磨ぎ上げた南部鉄の矢の根を五十筋、おのおのへ二十五筋、のう門出の祝いと差し出して、忍藻聞けよ――『二方の中のどなたでも前櫓で敵を引き受けなさるならこの矢の根に鼻油引いて、兜の金具の目ぼしいを附けおるを打ち止めなされよ。・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫