・・・今年は朝顔の培養に失敗した事、上野の養育院の寄附を依頼された事、入梅で書物が大半黴びてしまった事、抱えの車夫が破傷風になった事、都座の西洋手品を見に行った事、蔵前に火事があった事――一々数え立てていたのでは、とても際限がありませんが、中でも・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ お蓮は何だかその眼つきが、人のような気がしてならなかった。 七 それから二三日経ったある夜、お蓮は本宅を抜けて来た牧野と、近所の寄席へ出かけて行った。 手品、剣舞、幻燈、大神楽――そう云う物ばかりかか・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・主人も――綺麗に髪を分けた主人は小手調べをすませた手品師のように、妙な蒼白い頬のあたりへ満足の微笑を漂わせている。保吉は急にこの幻燈を一刻も早く彼の部屋へ持って帰りたいと思い出した。…… 保吉はその晩父と一しょに蝋を引いた布の上へ、もう・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・「じゃ、何でも君に一任するから、世間の手品師などには出来そうもない、不思議な術を使って見せてくれ給え。」 友人たちは皆賛成だと見えて、てんでに椅子をすり寄せながら、促すように私の方を眺めました。そこで私は徐に立ち上って、「よく見・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・ けれども、その男を、年配、風采、あの三人の中の木戸番の一人だの、興行ぬしだの、手品師だの、祈祷者、山伏だの、……何を間違えた処で、慌てて魔法つかいだの、占術家だの、また強盗、あるいは殺人犯で、革鞄の中へ輪切にした女を油紙に包んで詰込ん・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・猿芝居、大蛇、熊、盲目の墨塗――――西洋手品など一廓に、どくだみの花を咲かせた――表通りへ目に立って、蜘蛛男の見世物があった事を思出す。 額の出た、頭の大きい、鼻のしゃくんだ、黄色い顔が、その長さ、大人の二倍、やがて一尺、飯櫃形の天窓に・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・昨日から御目に掛けた、あれは手品じゃ。」 坊主は、欄干に擬う苔蒸した井桁に、破法衣の腰を掛けて、活けるがごとく爛々として眼の輝く青銅の竜の蟠れる、角の枝に、肱を安らかに笑みつつ言った。「私に、何のお怨みで?……」 と息せくと、眇・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ どたどたと立合の背に凭懸って、「手品か、うむ、手品を売りよるじゃな。」「へい、八通りばかり認めてござりやす、へい。」「うむ、八通り、この通か、はッはッ、」と変哲もなく、洒落のめして、「どうじゃ五厘も投げてやるか。」・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・芸人も芸人、娘手品、と云うのであった。 思い懸けず、余り変ってはいたけれども、当人の女の名告るものを、怪しいの、疑わしいの、嘘言だ、と云った処で仕方がない。まさか、とは考えるが、さて人の稼業である。此方から推着けに、あれそれとも極められ・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・たが、奇想天来の意表外の構作が読者を煙に巻いて迷眩酔倒せしめたので、私の如きも読まない前に美妙や学海翁から散々褒めちぎって聴かされていたためかして、読んだ時は面白さに浮れて夢中となったが、その面白味は手品を見るような感興で胸に響くものはなか・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
出典:青空文庫