・・・高等学校の生徒らしく、お尻に手拭いをぶら下げているのだが、それが妙に塩垂れて、たぶん一向に威勢のあがらぬ恰好だったろう。いや、それに違いあるまい。その頃も眼鏡を、そう、きっと掛けていたことだろう。爺むさい掛け方で……。 やがて、あの人は・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・フンドシや、手拭いや、石鹸ばかりしか這入っていないと分っていても、やはり彼等は、新しく、その中味に興味をそゝられた。何が入れてあるだろう? その期待が彼等を喜ばした。それはクジ引のように新しい期待心をそゝるのだった。 勿論、彼等は、もう・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ 彼は、涙をこすりこすり、手拭いで頬冠りをして、自分の家へ帰った。皆の留守を幸に、汚れている手足も洗わずに、蒲団の中へもぐり込んだ。 暫らくたつと、弟を背負って隣家へ遊びに行っていた祖母が帰ってきて、「まあ、京よ、風邪でも引いた・・・ 黒島伝治 「まかないの棒」
・・・井村は鼻から口を手拭いでしばり、眼鏡をかけていた。黄色ッぽい長い湿った石のほこりは、長くのばした髪や、眉、まつげにいっぱいまぶれついていた。 汚れた一枚のシャツの背には、地図のように汗がにじんでいた。そして、その地図の区域は次第に拡大し・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・お祭の当日は朝からよく晴れていて私が顔を洗いに井戸端へ出たら、佐吉さんの妹さんは頭の手拭いを取って、おめでとうございます、と私に挨拶いたしました。ああ、おめでとう、と私も不自然でなくお祝いの言葉を返す事が出来ました。佐吉さんは、超然として、・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・ 三畳間で、子供たちは、ごはん、夫は、はだかで、そうして濡れ手拭いを肩にかぶせて、ビイル、私はコップ一ぱいだけ附合わせていただいて、あとはもったいないので遠慮して、次女のトシ子を抱いておっぱいをやり、うわべは平和な一家団欒の図でしたが、・・・ 太宰治 「おさん」
・・・ふたり、たいへん興ざめして、そそくさと立ちあがり、手拭い持って、階下の大浴場へ降りて行く。 過去も、明日も、語るまい。ただ、このひとときを、情にみちたひとときを、と沈黙のうちに固く誓約して、私も、Kも旅に出た。家庭の事情を語ってはならぬ・・・ 太宰治 「秋風記」
・・・よごれの無い印半纏に、藤色の伊達巻をきちんと締め、手拭いを姉さん被りにして、紺の手甲に紺の脚絆、真新しい草鞋、刺子の肌着、どうにも、余りに完璧であった。芝居に出て来るような、頗る概念的な百姓風俗である。贋物に違いない。極めて悪質の押売りであ・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・ いままで拭き掃除していたものらしく、箒持って、手拭いを、あねさん被りにしたままで、「どうぞ。」と、その女中は、なぜか笑いながら答え、私にスリッパをそろえてくれた。 金屏風立てて在る奥の二階の部屋に案内された。割烹店は、お寺のよ・・・ 太宰治 「デカダン抗議」
・・・きざなようですけれども、(ふところから、手拭いに包んだ出刃庖丁今夜は、こういうものを持って来ました。そんな花火なんかやめて、イエスかノオか、言って下さい。この花火はね、二、三日前にあたしのお母さんが、睦子に買って下さったものなんですけど・・・ 太宰治 「冬の花火」
出典:青空文庫