・・・けれども、成功者すなわち世の手本と仰がれるように、失敗者もまた、われらの亀鑑とするに足ると言ったら叱られるであろうか。人の振り見てわが振り直せ、とかいう諺さえあるようではないか。この世に無用の長物は見当らぬ。いわんや、その性善にして、その志・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・すべて皆、人のための手本。われの享楽のための一夜もなかった。 私は、享楽のために売春婦かったこと一夜もなし。母を求めに行ったのだ。乳房を求めに行ったのだ。葡萄の一かご、書籍、絵画、その他のお土産もっていっても、たいてい私は軽んぜられ・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・法がないと言いて。請け取らず。しかれども。画はその物の形を見て。その形に似るをよしとす。法手本とするところは。すなわちその物なりと心得たる者も無きにもあらず。……」(司馬江漢、『春波楼筆記 科学界にも京人と奥州人がある。ロマンチシズムと・・・ 寺田寅彦 「人の言葉――自分の言葉」
・・・これらにはすべて一定の型があって、その形式をまず手本にしてかえって形式の内容をかたちづくる声とか身ぶりとか云う方をこの型にあて嵌るように拵らえて行くではないか。そうしてその声なり身ぶりなりが自然と安らかに毫も不満を感ぜずに示された型通り旨く・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・ それで私は何も英国を手本にするという意味ではないのですけれども、要するに義務心を持っていない自由は本当の自由ではないと考えます。と云うものは、そうしたわがままな自由はけっして社会に存在し得ないからであります。よし存在してもすぐ他から排・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・是等は都て家風に存することにして、稚き子供の父たる家の主人が不行跡にて、内に妾を飼い外に花柳に戯るゝなどの乱暴にては、如何に子供を教訓せんとするも、婬猥不潔の手本を近く我が家の内に見聞するが故に、千言万語の教訓は水泡に帰す可きのみ。又男女席・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・もなく損害もなき故、何となく子供の痛みを憐れみ、かつは泣声の喧しきを厭い、これを避けんがために過ちを柱に帰して暫くこれを慰むることならんといえども、父母のすることなすことは、善きも悪しきも皆一々子供の手本となり教えとなることなれば、縦令父母・・・ 福沢諭吉 「家庭習慣の教えを論ず」
・・・後代手本たるべしとて褒美に「かげろふいさむ花の糸口」という脇して送られたり。平句同前なり。歌に景曲は見様体に属すと定家卿もの給うなり。寂蓮の急雨定頼卿の宇治の網代木これ見様体の歌なり。とあり。景気といい景曲といい見様体という、皆わが・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・おじいさんと一緒に町へ行って習字手本や読方の本と一緒に買って来た鉛筆でした。いくらみじかくなったってまだまだ使えたのです。使えないからってそれでも面白いいい鉛筆なのです。キッコは樺の林の間を行きました。樺はみな小さな青い葉を出しすきとお・・・ 宮沢賢治 「みじかい木ぺん」
・・・もうそのころ立候補がきまっていた夫人は、婦人と政治的自覚について話し、彼女の見たアメリカの選挙を手本とした。民主的な議会政治では議席を多くしめる政党が政策を実現できる。どんなに立派な政策をもっている政党でも議員が少数では、何も実現しない。彼・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
出典:青空文庫