・・・競馬に加わる若い者はその妙齢な娘の前で手柄を見せようと争った。他人の妾に目星をつけて何になると皮肉をいうものもあった。 何しろ競馬は非常な景気だった。勝負がつく度に揚る喝采の声は乾いた空気を伝わって、人々を家の内にじっとさしては置かなか・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ けれども、脊恰好から、形容、生際の少し乱れた処、色白な容色よしで、浅葱の手柄が、いかにも似合う細君だが、この女もまた不思議に浅葱の手柄で。鬢の色っぽい処から……それそれ、少し仰向いている顔つき。他人が、ちょっと眉を顰める工合を、その細・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・「お手柄、お手柄。」 土間はたちまち春になり、花の蕾の一輪を、朧夜にすかすごとく、お町の唇をビイルで撓めて、飲むほどに、蓮池のむかしを訪う身には本懐とも言えるであろう。根を掘上げたばかりと思う、見事な蓮根が柵の内外、浄土の逆茂木。勿・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・「随分手柄のあった人どす、なア」と、細君は僕の方に頸を動かした。「そりゃア」と、僕が話しかける間もなく、友人は言葉をついだ。「思て見ると、僕は独立家屋のそばまで後送して呉れた跡で、また進んで行て例の『沈着にせい、沈着にせい』をつ・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・そしておもに手柄話か失敗話であった。そしてやっぱり、今井の叔父さんが一番おもしろいことを話してみんなを笑わした。みんなが笑わない時には自分一人で大声で笑った。 かの字港に着くと、船頭がもう用意をして待っていた。寂しい小さな港の小さな波止・・・ 国木田独歩 「鹿狩り」
・・・みのように言いしは誤謬にて、なお驢馬一頭あり、こは主人がその生国千葉よりともないしという、この家には理由ある一物なるが、主人青年に語りしところによれば千葉なる某という豪農のもとに主人使われし時、何かの手柄にて特に与えられしものの由なり。さま・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・「あんたは、自分の立てた手柄まで、上の人に取られてしまうんだね。」 タエは、小声でよって来た。カンテラが、無愛想に渋り切った井村の顔に暗い陰影を投げた。彼女は、ギクッとした。しかしかまわずに、「たいへんなやつがあると自分で睨んだ・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・功名手柄をあらわして賞美を得た話は折々あるが、失敗した談はかつて無い。」 自分は今天覧の場合の失敗を恐れて骨を削り腸を絞る思をしているのである。それに何と昔からさような場合に一度のあやまちも無かったとは。「ムーッ。」と若崎は深い・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・悪口をいえば骨董は死人の手垢の附いた物ということで、余り心持の好いわけの物でもなく、大博物館だって盗賊の手柄くらべを見るようなものだが、そんな阿房げた論をして見たところで、野暮な談で世間に通用しない。骨董が重んぜられ、骨董蒐集が行われるお蔭・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・ 澄元契約に使者に行った細川の被官の薬師寺与一というのは、一文不通の者であったが、天性正直で、弟の与二とともに無双の勇者で、淀の城に住し、今までも度たびたび手柄を立てた者なので、細川一家では賞美していた男であった。澄元のあるところへ、澄・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
出典:青空文庫