・・・「私もそりゃ、最初から貴方を車夫馬丁同様の人物と考えたんだと、そりゃどんな強い手段も用いたのです。がまさかそうとは考えなかったもんだから、相当の人格を有して居られる方だろうと信じて、これだけ緩慢に貴方の云いなりになって延期もして来たよう・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・しかし落し物ではなさそうだと悟った以上、この言葉はその人影に話しかける私の手段に過ぎませんでした。 最初の言葉でその人は私の方を振り向きました。「のっぺらぽー」そんなことを不知不識の間に思っていましたので、それは私にとって非常に怖ろしい・・・ 梶井基次郎 「Kの昇天」
・・・訴たえることは出来ず、母からは取返えすことも出来ないなら、窃かに自分で弁償するより外の手段はない。八千円ばかりの金高から百円を帳面で胡魔化すことは、たとい自分に為し得ても、直ぐ後で発覚る。又自分にはさる不正なことは思ってみるだけでも身が戦え・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・利他は利己の打算的手段として起こったもので、畢竟賢き利己であるという説はこれで破られる。しかし利他の動機は確かに利己から独立に存在しても、利己と利他とが矛盾するときいずれをさきに、いかなる条件にしたがって満足せしむべきかの問題は依然として残・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・が、そこにもまた、いろいろな手段がとられていて、先日東京から来たある友達の話によると、外米の入っていない県にいる親戚に頼んだり、女中さんの田舎へ云ってやったりして、送ってもらっている者がだいぶあるとか。旱魃を免れた県には、米穀県外移出禁止と・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・応と言われれば、日頃の本懐も忽ち遂げらるる場合にござる。手段は既に十分にととのい、敵将を追落し敵城を乗取ること、嚢の物を探るが如くになり居れど、ただ兵粮其他の支えの足らぬため、勝っても勝を保ち難く、奪っても復奪わるべきを慮り、それ故に老巧の・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・その手段として、警察では、ほろのついた、大きな野犬運ぱん用のはこ車をつくり、それを馬にひかせて、飼主のわからない犬を見つけると、片はしからつかまえてつんでいき、きまった撲殺場へもってって殺しました。 ほろ馬車のはこは、鉄のこうしがはまっ・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
・・・殊にお金は、他にもうける手段は、いくらでもあったでしょうに。 立身出世かね。小説を書きはじめた時の、あの悲壮ぶった覚悟のほどは、どうなりました。 けちくさいよ。ばかに気取ってるじゃないか。それでも何か、書いたつもりでいるのかね。時評・・・ 太宰治 「或る忠告」
・・・「ついでながら近頃やっと試験的に学校で行われ出した教授の手段で、もっと拡張を奨励したいのがある。それは教育用の活動フィルムである。活動写真の勝利の進軍は教育の縄張りにも踏み込んでくる。そしてそこで始めて、多数の公開観覧所が卑猥なものやあ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・彼らの或者はもはや最後の手段に訴える外はないと覚悟して、幽霊のような企がふらふらと浮いて来た。短気はわるかった。ヤケがいけなかった。今一足の辛抱が足らなかった。しかし誰が彼らをヤケにならしめたか。法律の眼から何と見ても、天の眼からは彼らは乱・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
出典:青空文庫