・・・ ウォルコフは、手綱をはなし、やわい板の階段を登って、扉を叩いた。 寝室の窓から、彼が来たことを見ていた三十すぎのユーブカをつけた女は戸口へ廻って内から掛金をはずした。「急ぐんだ、爺さんはいないか。」「おはいり。」 女は・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・ちゃんと立派な鞍や手綱がついていて、そのまま乗れるようになっているのです。そのそばの壁には、こしらえたばかりの立派な服が、上下そろえて釘にかけてありました。 ウイリイは、さっそく、その服を着て見ました。そうすると、まるで、じぶんの寸法を・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・私はその間に家へいって、手綱と鞍をもって来るから。」と言いました。女は、「ようございます。それではちゃんとつかまえておきますから、ついでにテイブルの上においてある私の手袋をもって来て下さい。」と言いました。 ギンは急いで引きかえして・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・好む軽薄の者、とし甲斐もなく、夕食の茶碗、塗箸もて叩いて、われとわが饒舌に、ま、狸ばやしとでも言おうか、えたい知れぬチャンチャンの音添えて、異様のはしゃぎかた、いいことないぞ、と流石に不安、すこしずつ手綱引きしめて、と思いいたった、とたんに・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ 不言実行とは、暴力のことだ。手綱のことだ。鞭のことだ。 いい薬になりました。四日。「梨花一枝。」 改造十一月号所載、佐藤春夫作「芥川賞」を読み、だらしない作品と存じました。それ故に、また、類なく立派であると思っ・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ こんな話を偶然ある軍人にしたら、それはおもしろいことであると言ってその時話して聞かせたところによると、乗馬のけいこをするときに、手綱をかいくる手首の自由な屈撓性を養うために、手首をぐるぐる回転させるだけの動作を繰り返しやらされるそうで・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・嘶く声の果知らぬ夏野に、末広に消えて、馬の足掻の常の如く、わが手綱の思うままに運びし時は、ランスロットの影は、夜と共に微かなる奥に消えたり。――われは鞍を敲いて追う」「追い付いてか」と父と妹は声を揃えて問う。「追い付ける時は既に遅く・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・裸馬ではない鞍も置き鐙もつけ轡手綱の華奢さえ尽してじゃ。よいか。そしてその真中へ鎧、刀これも三十人分、甲は無論小手脛当まで添えて並べ立てた。金高にしたらマルテロの御馳走よりも、嵩が張ろう。それから周りへ薪を山の様に積んで、火を掛けての、馬も・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・女は身を空様に、両手に握った手綱をうんと控えた。馬は前足の蹄を堅い岩の上に発矢と刻み込んだ。 こけこっこうと鶏がまた一声鳴いた。 女はあっと云って、緊めた手綱を一度に緩めた。馬は諸膝を折る。乗った人と共に真向へ前へのめった。岩の下は・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・そして、ストラスナーヤ僧院の城砦風な正面外壁へ、シルク・ハットをかぶった怪物的キャピタリストに五色の手綱で操縦される法王と天使と僧侶との諷刺人形をつり上げ、ステッキをついた外国の散歩者の目をみはらせればよい。――ところで、 一寸、――こ・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
出典:青空文庫