・・・脂ぎった赭ら顔は勿論、大島の羽織、認めになる指環、――ことごとく型を出でなかった。保吉はいよいよ中てられたから、この客の存在を忘れたさに、隣にいる露柴へ話しかけた。が、露柴はうんとか、ええとか、好い加減な返事しかしてくれなかった。のみならず・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・何でも夫人の前身は神戸あたりの洋妾だと云う事、一時は三遊亭円暁を男妾にしていたと云う事、その頃は夫人の全盛時代で金の指環ばかり六つも嵌めていたと云う事、それが二三年前から不義理な借金で、ほとんど首もまわらないと云う事――珍竹林主人はまだこの・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・いつ私に指環を買って下すって?」 女はこう云う間にも、依然として鉛筆を動かしている。「その指環がなくなったら。」 陳は小銭を探りながら、女の指へ顋を向けた。そこにはすでに二年前から、延べの金の両端を抱かせた、約婚の指環が嵌ってい・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・…… 指の細く白いのに、紅いと、緑なのと、指環二つ嵌めた手を下に、三指ついた状に、裾模様の松の葉に、玉の折鶴のように組合せて、褄を深く正しく居ても、溢るる裳の紅を、しめて、踏みくぐみの雪の羽二重足袋。幽に震えるような身を緊めた爪先の塗駒・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・小児二 誰が踊るって、このね、環の中へ入って踞んでるものが踊るんだって。画工 誰も、入ってはおらんじゃないか。小児三 でもね、気味が悪いんだもの。画工 気味が悪いと?小児四 ああ、あの、それがね、踊ろうと思って踊るんじゃ・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・と手にしていた針の尖、指環に耳を突立てながら、ちょいと鼻頭を突いたそうでございます、はい。」 といって婆さんは更まった。 十四「洋犬の妾になるだろうと謂われるほど、その緋の袴でなぶられるのを汚わしがってい・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・そんな事で、却て岡村はどうしたろうとも思わないでいる所へ、蚊帳の釣手の鐶をちゃりちゃり音をさせ、岡村は細君を先きにして夜の物を運んで来た。予は身を起して之を戸口に迎え、「夜更にとんだ御厄介ですなア。君一向蚊は居らん様じゃないか。東京から・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・ 光治は、その笛をもらって手に取ってみますと、竹に真鍮の環がはまっている粗末な笛に思われました。けれど、それをいただいて、なおもこの不思議なじいさんを見上げていますと、「さあ、私はゆく……またいつか、おまえにあうことがあるだろう。」・・・ 小川未明 「どこで笛吹く」
・・・私はもうこの間拵えていただいた友禅もあの金簪も、帯も指環も何もいりませぬ。皆そッくり奥村さんにお上げなさいまし。この間仕立てろとおっしゃって、そのままにして家へ置いて来た父様のお羽織なんぞは、わざと裁ち損って疵だらけにして上げるからいいわ。・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・この詩人の身うちには年わかき血温かく環りて、冬の夜寒も物の数ならず、何事も楽しくかつ悲しく、悲しくかつ楽し、自ら詩作り、自ら歌い、自ら泣きて楽しめり。 この夕は空高く晴れて星の光もひときわ鮮やかなればにや、夜に入りてもややしばらくは流れ・・・ 国木田独歩 「星」
出典:青空文庫