・・・目がぐるぐるして来て、種々雑多な思いが頭の中を環のようにめぐりだした。遠方で打つ大砲の響きを聞くような、路のない森に迷い込んだような心地がして、喉が渇いて来て、それで涙が出そうで出ない。 痛ましげな微笑は頬の辺りにただよい、何とも知れな・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・ここの別当橋立寺と予て聞けるはこれにやと思いつつ音ない驚かせば、三十路あまりの女の髪は銀杏返しというに結び、指には洋銀の戒指して、手頸には風邪ひかぬ厭勝というなる黒き草綿糸の環かけたるが立出でたり。さすがに打収めたるところありて全くのただ人・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・螺線にならなければ環をなすのだよ、環をなしてはつまらないのサ。去年の道をまた今年もあるいているようなものだから、即ち変化生々の大法に反対している。ナニ環をなす気づかいはないのサ。地球の軌道は楕円の環をなしていると君達は思うだろうが大ちがいサ・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・ 好男子で、スンなりとのびた白い手に指環のよく似合う予審判事がそう云って、ベルを押した。ドアーの入口で待っていた特高が、直ぐしゃちこばった恰好で入ってきた。判事の云う一言々々に句読点でも打ってゆくように、ハ、ハア、ハッ、と云って、その度・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・いや、しかし、どろぼう市にだってほんものの金の指環がころがっていない事もない。サロンは、ほとんど比較を絶したものである。いっそ、こうとでも言おうかしら。それは、知識の「大本営発表」である。それは、知識の「戦時日本の新聞」である。 戦時日・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・おのれの愛情の深さのほどに、多少、自負もっていたのが、破滅のもと、腕環投げ、頸飾り投げ、五個の指環の散弾、みんなあげます、私は、どうなってもいいのだ、と流石に涙あふれて、私をだますなら、きっと巧みにだまして下さい、完璧にだまして下さい、私は・・・ 太宰治 「創生記」
・・・上衣の胴着の下端の環が小舟の真中に腰を入れる穴の円枠にぴったり嵌まって海水が舟中へ這入らないようにしてあるのは巧妙である。命懸けの智恵の産物である。 これなども見れば見るだけ利口になる映画であろう。 二 ロス対マクラー・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・たとえば獅子やジラフやゼブラそのものの生活姿態のおもしろいことはもちろんであるが、その周囲の環境ならびにその環境との関係が意外な新しい知識と興味を呼び起こす場合がはなはだ多い。たとえばライオンと風になびく草原との取り合わせなどがそうである。・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・中根淑の香亭雅談を見るに「今歳ノ春都下ノ貴紳相議シテ湖ヲ環ツテ闘馬ノ場ヲ作ル。工ヲ発シ混沌ヲ鑿ル。而シテ旧時ノ風致全ク索ク矣。」と言っている。雅談の成った年は其序によって按ずれば癸未暮春である。また巻尾につけられた依田学海の跋を見れば明治十・・・ 永井荷風 「上野」
・・・指環の輝くやさしい白い手の隣りには馬蹄のように厚い母指の爪が聳えている。垢だらけの綿ネルシャツの袖口は金ボタンのカフスと相接した。乗換切符の要求、田舎ものの狼狽。車の中は頭痛のするほど騒しい中に、いつか下町の優しい女の話声も交るようになった・・・ 永井荷風 「深川の唄」
出典:青空文庫