・・・ それから、一同集って、手負いを抱きあげて見ると、顔も体も血まみれで誰とも更に見分ける事が出来ない。が、耳へ口をつけて呼ぶと、漸く微な声で、「細川越中」と答えた。続いて、「相手はどなたでござる」と尋ねたが、「上下を着た男」と云う答えがあ・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・「や、あいつは手負いになったぞ。」 彼等は、しばらく、気狂いのようにはねる豚を見入っていた。 後藤は、も一発、射撃した。が、今度は動く豚に、ねらいは外れた。豚は、一としきり一層はげしく、必死にはねた。後藤はまた射撃した。が、弾丸・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・まあ、手負いのようなものだわ。手負いが自分の身をはかなむように、お前さんも自分の身をはかなんでいるのだわ。お前さんの意地の悪いのも、手負いの意地の悪いのと同じ事だわ。わたしはお前さんを憎んでやろう憎んでやろうと思うのだけれど、どうも憎むこと・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:森鴎外 「一人舞台」
・・・ 監獄に放り込まれる。この事自体からして、余り褒めた気持のいい話じゃない。そこへ持って来て、子供二人と老母と嬶とこれだけの人間が、私を、この私を一本の杖にして縋ってるんです。 手負い猪です。 医者が手当をしてくれると、私は面接所・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・でも、此からの舞台では、仕出し根性を改めなければならないのではあるまいか。 此時ばかりでなく、「恋の信玄」で手負いの侍女が、死にかかりながら、主君の最期を告げに来るのに、傍にいる朋輩が、体を支えてやろうともしないで、行儀よく手を重ねて見・・・ 宮本百合子 「印象」
出典:青空文庫