・・・わたしはその前を往ったり来たりして、曾て朝顔狂と言われたほどこの花に凝った鮫島理学士のことを思い出す。手長、獅子、牡丹なぞの講釈を聞かせて呉れたあの理学士の声はまだわたしの耳にある。今度わたしはその人の愛したものを自分でもすこしばかり植えて・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・ と学士が言って、数ある素焼の鉢の中から短く仕立てた「手長」を取出した。学士はそれを庭に向いた縁側のところへ持って行った。鉢を中にして、高瀬に腰掛けさせ、自分でも腰掛けた。 奥さんは子供衆の方にまで気を配りながら、「これ、繁、塾・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 三越の玄関の両側にあるライオンは、丸善の入り口にある手長と足長の人形と同様に、むしろないほうがよいように思われる。玄関の両わきには何か置かなければいけないという規則でもあるのなら、そういう規則は改めたほうがいいと思う。 入り口をは・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・ 一、赤い手長の蜘蛛 蜘蛛の伝記のわかっているのは、おしまいの一ヶ年間だけです。 蜘蛛は森の入口の楢の木に、どこからかある晩、ふっと風に飛ばされて来てひっかかりました。蜘蛛はひもじいのを我慢して、早速お月様の光をさい・・・ 宮沢賢治 「蜘蛛となめくじと狸」
出典:青空文庫