・・・云う心はメリメよりも、一つ一つの作品に渾成の趣を与えなかった、或は与える才能に乏しかった、と云う事実を指したのであろう。この意味では菊池寛も、文壇の二三子と比較した場合、必しも卓越した芸術家ではない。たとえば彼の作品中、絵画的効果を収むべき・・・ 芥川竜之介 「「菊池寛全集」の序」
・・・ 又 天才の一面は明らかに醜聞を起し得る才能である。 輿論 輿論は常に私刑であり、私刑は又常に娯楽である。たといピストルを用うる代りに新聞の記事を用いたとしても。 又 輿論の存在に・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ その間に、僕のそばでぐッすり寝込んでいるらしい友人の身の上や、昔の寄宿舎生活などを思い浮べ 、友人の持っていた才能を延ばし得ないで、こんな田舎に埋れてしまう運命が気の毒になり、そのむくろには今どんな夢が宿っているだろうなどと、寝苦しい・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・左に右く天禀の才能に加えて力学衆に超え、早くから頭角を出した。万延元年の生れというは大学に入る時の年齢が足りないために戸籍を作り更えたので実は文久二年であるそうだ。「蛙の説」を『読売』へ寄書したのは大学在学時代で、それから以来も折々新聞に投・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・ 翁は漢学者に似気ない開けた人で、才能を認めると年齢を忘れて少しも先輩ぶらずに対等に遇したから、さらぬだに初対面の無礼を悔いていたから早速寒月と同道して露伴を訪問した。老人、君の如き異才を見るの明がなくして意外の失礼をしたと心から深く詫・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
・・・殊に才能の点に於て特殊的なる文学方面は、それが一層甚だしいといわねばならない。 たゞ然し、最も妥当なる順序は、われ/\の現在生息しつゝある現代の文学書に親しみ、次第に過去時代の産物に遡ることを以て、効果多い方法と信ずる。たとえばルソーの・・・ 小川未明 「文章を作る人々の根本用意」
・・・ 彼が風変りな題材と粘り強い達者な話術を持って若くして文壇へ出た時、私は彼の逞しい才能にひそかに期待して、もし彼が自重してその才能を大事に使うならば、これまでこの国の文壇に見られなかったような特異な作家として大成するだろうと、その成長を・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・それとも、人間を愛していないからだろうか、あるいは、彼等の才能の不足だろうか。彼等の技術は最高のものと言われているかも知れないが、しかし、いつかは彼等の技術を拙劣だとする時代が来ることを、私は信じている。 私はことさらに奇矯な言を弄・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・自己の才能の可能性を無限大に信じた人の自信の声を放ってのた打ちまわっているような手であった。この自信に私は打たれて、坂田にあやかりたいと思ったのだ。いや私は坂田の中に私の可能性を見たのである。本当いえば、私は佐々木小次郎の自信に憧れていたの・・・ 織田作之助 「勝負師」
・・・ある時には自分が現在、広大な農園、立派な邸宅、豊富な才能、飲食物等の所有者であるような幻しに浮かされたが、また神とか愛とか信仰とかいうようなことも努めて考えてみたが、いずれは同じく自分に反ってくる絶望苛責の笞であった。そして疲れはてては咽喉・・・ 葛西善蔵 「贋物」
出典:青空文庫