・・・ 以上述べて来ただけのことから考えても映画の制作には、かなり緻密な解析的な頭脳と複雑な構成的才能とを要することは明白であろう。道楽のあげくに手を着けるような仕事では決してないのである。「分析」から「総合」に移る前に行なわるる過程は「・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ 六万の観客中には、シネマ俳優としてのベーアの才能と彼のいろいろなセンチメンタル・アドヴェンチュアとを賛美する一万の婦人がいてはなやかな喝采を送ったそうである。 友人たちとこの映画のうわさをしていたとき、居合わせたK君は、坊間所伝の・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・いい素材を発見しまた発掘するということのほうがなかなか困難であってひと通りならぬ才能を要する場合が多く、むしろそれを使って下手な体系などを作ることよりも、もっとはるかに困難であると考えられる場合も少なくはない。そうして学術上の良い素材は一度・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・ 江戸時代にあって、為永春水その年五十を越えて『梅見の船』を脱稿し、柳亭種彦六十に至ってなお『田舎源氏』の艶史を作るに倦まなかったのは、啻にその文辞の才能くこれをなさしめたばかりではなかろう。 四 築地本願寺・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・グリュントゲンスは才能はあったが、あとではナチスに加って、ベルリン国立劇場支配人と立身したような性格であったため、エリカの結婚生活はながくつづかず、離婚して故郷のミュンヘンにかえった。そして、国立劇場や小劇場に出演した。ショウの「セント・ジ・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・これは考え深いことばのようであるけれども、実際は日本の社会全体の遅れをそのまま肯定し、女の人が才能をひしがれて一生を送らなければならない社会機構そのものを肯定したことではないだろうか。憲法と民法とが条文の上で男女平等といっているその実際の条・・・ 宮本百合子 「明日をつくる力」
・・・アナーキスト出身で著名な婦人作家で、その才能の素質と妻としておかれている偽瞞的な環境のためにアナーキズムから社会観を本質的に高められることができず、労働者弾圧にも動員される右翼の暴力団の生活に近接する機会をもつようになって、その描きてとして・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十五巻)」
・・・そして、ふたたび帰って帝大に入学したが、その入学には彼の才能を惜しんだある有力者の力が働いていたようだった。この間、栖方の家庭上にはこの若者を悩ましている一つの悲劇があった。それは、母の実家が代代の勤皇家であるところへ、父が左翼で獄に入った・・・ 横光利一 「微笑」
・・・眼が鈍い、頭が悪い、心臓が狭い、腕がカジカンでいる、どの性質にも才能にも優れたものはない、――しかも私は何事をか人類のためになし得る事を深く固く信じています。もう二十年! そう思うとぐッたりしていた体に力がみなぎって来る事もあります。 ・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・ こうして私は自分の才能に失望してかなりに苦しむ。しかし私は思う。私の問題は与えられた物が何であるかに――私の Was にあるのではなかった。私はただ与えられた物を愛し育てるために生きているのであった。私はただ自分の愛の力の弱らないよう・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫