・・・始は甚太夫が兵衛の小手を打った。二度目は兵衛が甚太夫の面を打った。が、三度目にはまた甚太夫が、したたか兵衛の小手を打った。綱利は甚太夫を賞するために、五十石の加増を命じた。兵衛は蚯蚓腫になった腕を撫でながら、悄々綱利の前を退いた。 それ・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・ 突然事務所の方で弾条のゆるんだらしい柱時計が十時を打った。彼も自分の時計を帯の間に探ったが十時半になっていた。「十時半ですよ。あなたまだ食わないんだね」 彼は少し父にあたるような声で監督にこう言った。 それにもかかわらず父・・・ 有島武郎 「親子」
・・・大声でも出して、細君を打って遣りたいようである。しかし自分ながら、なぜそんなに腹が立つのだか分からない。それでじっと我慢する。「そりゃあ己だって無論好い心持はしないさ。しかしみんながそんな気になったら、それこそ人殺しや犯罪者が気楽で好か・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・レリヤは平手で膝を打って出来るだけ優しい声で呼んだ。それでも来ないので、自分が犬の方へ寄って来た。しかし迂濶に側までは来ない。人間の方でも噛まれてはならぬという虞があるから。「クサチュカ、どうもするのじゃないよ。お前は可哀い眼付をして居・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・ 立花は目よりもまず気を判然と持とうと、両手で顔を蔽う内、まさに人道を破壊しようとする身であると心付いて、やにわに手を放して、その手で、胸を打って、がばと眼を開いた。 なぜなら、今そうやって跪いた体は、神に対し、仏に対して、ものを打・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・それでも建ちは割合に高くて、簡単な欄間もあり銅の釘隠なども打ってある。その釘隠が馬鹿に大きい雁であった。勿論一寸見たのでは木か金かも知れないほど古びている。 僕の母なども先祖の言い伝えだからといって、この戦国時代の遺物的古家を、大へんに・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・打たれるくらいなら先ずこッちゃから打って、敵砲手の独りなと、ふたりなと射殺してやりましょ』『なにイ――距離を測量したか?』『二百五十メートル以内――只今計りました。』『じゃア、やれ! 沈着に発砲せい!』『よろしい!』て、二人・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ 賀古翁は鴎外とは竹馬の友で、葬儀の時に委員長となった特別の間柄だから格別だが、なるほど十二時を打ってからノソノソやって来られたのに数回邂逅った。 こんな塩梅で、その頃鴎外の処へ出掛けたのは大抵九時から十時、帰るのは早くて一時、随分・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・余り女が熱心なので、主人も吊り込まれて、熱心になって、女が六発打ってしまうと、直ぐに跡の六発の弾丸を込めて渡した。 夕方であったのが、夜になって、的の黒白の輪が一つの灰色に見えるようになった時、女はようよう稽古を止めた。今まで逢ったこと・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・やがて、太陽が、かごの上をさす時分には、元気を出して、あちらに止まり、こちらに止まって、そして、もんどり打ってよくさえずるでありましょうが、いまは、そんなようすも見られませんでした。 しかし、鳥がそうする時分は、吉雄は、学校へいってしま・・・ 小川未明 「ある日の先生と子供」
出典:青空文庫