・・・女に恋を打ち明けるなど、男子の恥だ。思えば、思われる。それを信じて、のんきにして居れ。万事、あせってはならぬ。漱石は、四十から小説を書いた。 愚かな私の精一ぱいの忠告は、以上のような、甚だ高尚でないことばかりだったので、かの学生は、腹を・・・ 太宰治 「困惑の弁」
・・・そうして、五、六年もそれを続けて、それからはじめて女に打ち明ける。毎年、僕の来る夜は、どんな夜だか知っていますか、七夕です、と笑いながら教えてやると、私も案外いい男に見えるかも知れない。今夜これから、と眼つきを変えてうなずいてはみたが、さて・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・と乳母に打ち明ける恋いわずらいの令嬢も、この数個のほうの部類にいれて差し支えなかろう。 太宰もイヤにげびて来たな、と高尚な読者は怒ったかも知れないが、私だってこんな事を平気で書いているのではない。甚だ不愉快な気持で、それでも我慢してこう・・・ 太宰治 「チャンス」
・・・男は何かというと、これは、私も最近ようやく気附いた事で、この大発見を諸君に易々と打明けるのは惜しいのであるが、ただいま期せずして座の一隅より、切望懇願のうめき声が発せられたようでもあり、まあ致しかた無い、御伝授しましょう。男子の真価は、武術・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・私は、やはり腹黒く、自分の罪をその友人にも女中さんにも、打ち明けることはしなかった。その夜おそく雨が小降りになったころ私たちはその料亭を出て、池のほとりの大きい旅館に一緒に泊り、翌る朝は、からりと晴れていたので、私は友人とわかれてバスに乗り・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・自然はやはりその恋人にのみ真心を打ち明けるものである。 科学の歴史はある意味では錯覚と失策の歴史である。偉大なる迂愚者の頭の悪い能率の悪い仕事の歴史である。 頭のいい人は批評家に適するが行為の人にはなりにくい。すべての行為には危険が・・・ 寺田寅彦 「科学者とあたま」
・・・父との対話が、ヨオロッパから帰って、もう一年にもなるのに、とかく対陣している両軍が、双方から斥候を出して、その斥候が敵の影を認める度に、遠方から射撃して還るように、はかばかしい衝突もせぬ代りに、平和に打ち明けることもなくているのは、こう云う・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・ところで何を打ち明けるにも、微かな溜息とか、詞のちょいとした不思議な調子とか云うものしか持ち合せない女が、まだ八分通りしか迷っていなかったのでございますからね。男。そうですか。ああ。そうでしたか。わたくしは馬鹿ですなあ。貴夫人。そこ・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
出典:青空文庫