・・・ほんとうの青年は猜忌や打算もつよく、もっと息苦しいものなのに、と僕にとって不満でもあったあの水蓮のような青年は、それではこの青扇だったのか。そう興奮しかけたけれど、すぐいやいやと用心したのである。「はじめて聞きました。でもあれは、失礼で・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・慧の果でもない、狂乱でもない、阿呆感でもない、号泣でもない、悶悶でもない、厳粛でもない、恐怖でもない、刑罰でもない、憤怒でもない、諦観でもない、秋涼でもない、平和でもない、後悔でもない、沈思でもない、打算でもない、愛でもない、救いでもない、・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・かくては、襖の蔭で縫いものをしている家の者に迄あなどられる結果になるやも知れぬという、けち臭い打算から、私は友人を屋外に誘い出し、とにもかくにも散策を試み、それでもやはり私の旗色は呆れる程に悪く、やりきれず、遂には、その井の頭公園の池のほと・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・○どんないい人の優しい挨拶にも、何か打算が在るのだと思うと、つらいね。○誰か殺して呉れ。○以後、洋服は月賦のこと。断行せよ。○本気になれぬ。○ゆうべ、うらない看てもらった。長生する由。子供がたくさん出来る由。○飼いご・・・ 太宰治 「古典風」
・・・虚栄や打算で無い勉強が、少しずつ出来るようになりました。明日をたのんで、その場をごまかして置くような事も今は、なくなりました。一日一日だけが、とても大切になりました。決して虚無では、ありません。 いまの私にとって、一日一日の努力が、全生・・・ 太宰治 「私信」
・・・一つの打算も無く、ただ私と談じ合いたいばかりに、遊びに来るのだ。私は未だいちども、此の年少の友人たちに対して、面会を拒絶した事が無い。どんなに仕事のいそがしい時でも、あがりたまえ、と言う。けれども、いままでの「あがりたまえ」は、多分に消極的・・・ 太宰治 「新郎」
・・・それは夢を見る人の眼であって、冷たい打算的なアカデミックな眼でない、普通の視覚の奥に隠れたあるものを見透す詩人創造者の眼である。眼の中には異様な光がある。どうしても自分の心の内部に生活している人の眼である。」「彼が壇上に立つと聴衆はもう・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・しかし甲はまたある場合に臨んで利害を打算せず自他の区別を立てないためにたのもしくあたたかい人間味の持ち主であることもありうるであろう。それはとにかくこの二つの型が満員昇降機のテストによってふるい分けられるように見えるところに興味がある。・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・そのかわり社交的技巧の底にかくれた敵意や打算に対してかなりに敏感であったことは先生の作品を見てもわかるのである。「虞美人草」を書いていたころに、自分の研究をしている実験室を見せろと言われるので、一日学校へ案内して地下室の実験装置を見せて・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・左れば此至親至愛の子供の身の行末を思案し、兄弟姉妹の中、誰れか仕合せ能くして誰れか不仕合せならんと胸中に打算して、此子が不仕合せなりと定まりたらば両親の苦痛は如何ばかりなる可きや。子供の心身の暗弱四肢耳目の不具は申すまでもなく、一本の歯一点・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
出典:青空文庫