・・・つまりは人が払底なためだったのでしょう。私のようなものでも高等学校と、高等師範からほとんど同時に口がかかりました。私は高等学校へ周旋してくれた先輩に半分承諾を与えながら、高等師範の方へも好い加減な挨拶をしてしまったので、事が変な具合にもつれ・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・、という字を戴いた雑誌その他の出版物は、紙の払底や印刷工程の困難をかきわけつつ、雑踏してその発刊をいそいでいる。 しかし、奇妙なことに、そういう一面の活況にもかかわらず、真の日本文化の高揚力というものが、若々しいよろこびに満ちた潮鳴りと・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・ ガソリン払底は、なるほど、郊外の奥にお住居だし、お仕事の関係上、直接でしょう。でもあなたのハンド・バッグのなかは豊富で、汽車がひっくりかえったときの内田さんのように、いくらでもとおっしゃるとすれば、マア豪勢みたいなものではないの。・・・ 宮本百合子 「裏毛皮は無し」
レーク・Gへ行く前友達と二人で買った洋傘をさし、銀鼠の透綾の着物を着、私はAと二人で、谷中から、日暮里、西尾町から、西ケ原の方まで歩き廻った。然し、実際、家が払底している。時には、間の悪さを堪え、新聞を見て、大崎まで行き、・・・ 宮本百合子 「思い出すこと」
・・・新聞には三千五百円の句集ということが話題にされているけれども、この間の晩、三省堂の店頭に据えられたマイクは、あんなに書籍払底を訴えていた。それを訴える声々は、どれもみんな若かった。その声よりも稚い国民学校の子供たち、絵本のほしい子供たち、そ・・・ 宮本百合子 「豪華版」
・・・ ――事務員は払底しているんです。 ニッケル大湯沸のクランクからバケツへ熱湯を注ぎながら皿洗女は云った。 ――臨時でもなんでも、こうして働ければ結構ですさ。働いていりゃ並木通りあるきをしないですむから……ねえ。 そのほか、・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ごく具体的な一例を仮定すれば、父親の小説は一冊千円でうれているのに、その子の教科書は払底している、という矛盾があらわれているのである。 営利出版が、出版の自由を確保しない上に健全な意味で言論の自由さえ奪ってゆく。なぜなら、社会に生活する・・・ 宮本百合子 「文化生産者としての自覚」
・・・一つは、あの頃の払底につけ込んで、郊外に少しでも土地を持って居る者は、ひどい苦面をしてでも、まるで小屋のような急造家屋を、矢鱈に並べた。当座こそは、いやでも他にないのだから仕方なく入った人も多くあったのだろう。然し、次第に調節がつき、物価が・・・ 宮本百合子 「又、家」
・・・ 五つの年から、畑のある家で大きく成った泰子は、貸家払底の恐ろしさを始めて味わされた。 其ばかりか、その附近には、幼稚園の中のように子供が沢山居た。 狭い庭を取繞いた板塀に添うて、石の段々が、下の長屋までついて居る。丁度学校が仕・・・ 宮本百合子 「われらの家」
出典:青空文庫