・・・……地蔵が化けて月のむら雨に托鉢をめさるるごとく、影朧に、のほのほと並んだ時は、陰気が、緋の毛氈の座を圧して、金銀のひらめく扇子の、秋草の、露も砂子も暗かった。 女性の山伏は、いやが上に美しい。 ああ、窓に稲妻がさす。胸がとどろく。・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・私はちょっと町まで托鉢 とそうおっしゃったきり、お前、草鞋を穿いてお出懸で、戻っておいでのようすもないもの。 摩耶さんは一所に居ておくれだし、私はまた摩耶さんと一所に居りゃ、母様のこと、どうにか堪忍が出来るのだから、もう何もかもうっ・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・「ほか寺の仏事の手伝いやら托鉢やらで、こちとら同様、細い煙を立てていなさるでなす。」 あいにく留守だが、そこは雲水、風の加減で、ふわりと帰る事もあろう。「まあ一服さっせえまし、和尚様とは親類づきあい、渋茶をいれて進ぜますで。」・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・と言い、「碧眼托鉢。」と言うも、これは、遁走の一方便にすぎないのであって、作家たる男が、毎月、毎月、このような断片の言葉を吐き、吐きためているというのは、ほめるべきことでない。「言い得て、妙である。」「かれは、勉強している。」「・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・「実は今朝托鉢に出ますと、竪町の小さい古本屋に、大智度論の立派な本が一山積み畳ねてあるのが、目に留まったのですな。どうもこんな本が端本になっているのは不思議だと思いながら、こちらの方へ歩いて参って、錦町の通を旦過橋の方へ行く途中で、また・・・ 森鴎外 「独身」
出典:青空文庫