・・・その時間私とその友達とは音楽に何の批評をするでもなく黙り合って煙草を吸うのだったが、いつの間にか私達の間できまりになってしまった各々の孤独ということも、その晩そのときにとっては非常に似つかわしかった。そうして黙って気を鎮めていると私は自分を・・・ 梶井基次郎 「器楽的幻覚」
・・・むずかしく言えば一種霊活な批評眼を備えていた人、ありていに言えば天稟の直覚力が鋭利である上に、郷党が不思議がればいよいよ自分もよけいに人の気質、人の運命などに注意して見るようになり、それがおもしろくなり、自慢になり、ついに熟練になったのであ・・・ 国木田独歩 「河霧」
・・・女優や、音楽家や、画家、小説家のような芸術的天分ある婦人や、科学者、女医等の科学的才能ある婦人、また社会批評家、婦人運動実行家等の社会的特殊才能ある婦人はいうまでもなく、教員、記者、技術家、工芸家、飛行家、タイピストの知能的職業方面への婦人・・・ 倉田百三 「婦人と職業」
・・・ これらの戦争に関連した諸々の際物的流行は、周知の如く、文学作品として、歴史の批判に堪え得なかったばかりでなく、当時の心ある批評家から軽蔑された。第三章 日清戦争に関連して ―独歩の「愛弟通信」と蘆花の「不・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・法の邪法のといわれるものであるから、真に修法する者は全くあるまいが、修法の事は、その利益功能のある状態や理合を語ろうとしても、全然そういうことを知らぬ人に理解せしむることは先ず不可能であるから、まして批評を交えてなど語れるものではない。管狐・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・はじめて例の著書が出版された当時、ある雑誌の上で長々と批評して、「ツルゲネエフの情緒あって、ツルゲネエフの想像なし」と言ったのは、この青木という男である。青木は八時頃に帰った。それから相川は本を披けて、畳の上に寝ころびながら読み初めた。種々・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・何ものをも批評するのが先になって、信ずることが出来ない、讃仰することが出来ない。信じ得る人の心は平和であろうが、批評する人の心はいつも遑々としている。ここに至って私は自分の強梁な知識そのものを呪いたくなる。五 自分は何らの徹・・・ 島村抱月 「序に代えて人生観上の自然主義を論ず」
・・・ 思わず、一言、私は批評めいた感懐を述べたくなるが、しかし、読者の鑑賞を、ただ一面に固定させる事を私は極度におそれる。何も言うまい。ゆっくり何度も繰りかえして読んで下さい。いい芸術とは、こんなものなのだから。 昭和二十二年、晩秋。・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・ さてこの一切の物を受け取って、前に立っている銀行員を、ポルジイ中尉は批評眼で暫く見て、余り感心しない様子で云った。「君も少し姿勢がどうかならんかねえ。気を附けて見給え。損の行かない話だ。」 これは少し冤罪であった。勿論この銀行・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・ 作中の典拠を指摘する事が批評家の知識の範囲を示すために、第三者にとって色々の意味で興味のある場合もかなりにある。該博な批評家の評註は実際文化史思想史の一片として学問的の価値があるが、そうでない場合には批評される作家も、読者も、従って批・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
出典:青空文庫