・・・――この、お町の形象学は、どうも三世相の鼇頭にありそうで、承服しにくい。 それを、しかも松の枝に引掛けて、――名古屋の客が待っていた。冥途の首途を導くようじゃありませんか、五月闇に、その白提灯を、ぼっと松林の中に、という。……成程、もの・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ この結論に達するまでの理路は極めて井然としていたが、ツマリ泥水稼業のものが素人よりは勝っているというが結論であるから、女の看方について根本の立場を異にする私には一々承服する事が出来なかった。が、議論はともあれ、初めは微酔気味であったの・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・とにかく私は、山岸さんの説に、心から承服できたという事が、うれしくて、たまらなかった。「三田君は、いい。たしかに、いい。」と私は山岸さんに言い、それは私ひとりだけが知っている、ささやかな和解の申込みであったのだが。けれども、この世に於い・・・ 太宰治 「散華」
・・・の苦悩と翹望とは、出来上っている社会の常套に承服しかねる一人の女、人間の叫びとして描かれたのであった。「伸子」一篇によって、作者はそれまで自分を生かして来た環境の、プラスもマイナスもくいつくした。もっと自然に、もっと伸びやかな人間らしさ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『伸子』第一部)」
・・・それらが心理的であるということに問題を生じるのは、これらの心理的な現象をとく力は、窮極においてその心理の枠内にはありえないのだという事実を、承服しようとしないところにある。個々の人が個々の心理に固執している傾きがきつすぎる。その心理によりす・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・戸坂さんは作品を、生活態度として買ってしまって百パーセント信頼してくれるけれど、作品批評としてはそれを承服しない人もあるでしょう。 重治は現実につめよっているが丸彫りにしていないと云ったが、そういうところか。 いずれにしろ、前へ、前・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
窪川鶴次郎さんの『現代文学論』の、尨大な一冊を読み進んでゆくうちに、特別感興をそそられたことがある。それは、論ぜられているそのことが、論として読者である私を承服させるというばかりでなく、一つ一つと読み深めてゆくにつれて私の・・・ 宮本百合子 「作家に語りかける言葉」
・・・自分の国の政府によって、人民が隷属の立場に追われるようなことを誰が承服出来よう。 このような現実を現実として見て、それを改善の方向に導こうとする意志。それこそ今日の日本人民にとって生きている文化性であり、文学の内容であり、その素材である・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・ 法律だけで、現実の辛苦は解決しないから、その対象となった市民たちは、勿論承服しかねるのだが、そこに人間の心理の機微がある。承服しない市民の感情が、どこに向うだろう。真直、実際の責任者である政府、支配権力に向うだろうか。そこまで万遍なく・・・ 宮本百合子 「人民戦線への一歩」
・・・むごさという感覚をとりおとした人間消耗の気風には承服しないでいるのである。 病気は病気であるという事実にたって処理しながら、わたしが仕事を中絶しないのは、階級的な「作家の資格において」民主革命の課題は文学の仕事そのものによってどうこたえ・・・ 宮本百合子 「孫悟空の雲」
出典:青空文庫