・・・継子の身の上を思いつめながら野堂町の歯ブラシ職人の二階を借りて、一人さびしく暮してきたという女でしたから、頼まれもせぬのに八尾の田舎まで私を迎えに来てくれたのも、またうまの合わぬ浜子に煙たがられるのも承知で何かと円団治の家の世話を焼きに来る・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・……御承知でしょうな?」「これから捜そうというんですがな、併し晩までに引越したらそれでいゝ訳なんでしょう」「そりゃ晩までで差支えありませんがね、併し余計なことを申しあげるようですが、引越しはなるべく涼しいうちの方が好かありませんかね・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・また一方ではそれがたいていは僕の気のせいだということは百も承知で、そんな度胸もきめるんです。しかしやっぱり百に一つもしやほんとうの人間ではないかという気がいつでもする。変なものですね。あっはっはは」 話し手の男は自分の話に昂奮を持ちなが・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・の死ぬる時吉さんから二百円渡されてこれを三角餅の幸衛門に渡し幸衛門の手からお前に半分やってくれろ、半分は親兄弟の墓を修復する費用にしてその世話を頼むとの遺言、わたしは聞いて返事もろくろくできないでただ承知しましたと泣く泣く帰って来ました。』・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・ それは皆様がマッターホルンの征服の紀行によって御承知の通りでありますから、今私が申さなくても夙に御合点のことですが、さてその時に、その前から他の一行即ち伊太利のカレルという人の一群がやはりそこを征服しようとして、両者は自然と競争の形に・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・十一二の肌白村様と聞かば遠慮もすべきに今までかけちごうて逢わざりければ俊雄をそれとは思い寄らず一も二も明かし合うたる姉分のお霜へタッタ一日あの方と遊んで見る知恵があらば貸して下されと頼み入りしにお霜は承知と呑み込んで俊雄の耳へあのね尽しの電・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ほんに、あれがなかったら――どうして、あなた、私も今日までこうして気を張って来られすか――蜂谷さんも御承知なあの小山の家のごたごたの中で、十年の留守居がどうして私のようなものに出来すか――」 思わずおげんは蜂谷を側に置いて、旧馴染にしか・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・すると湖水の女はしまいにやっと承知して、「それではあなたのお嫁になりましょう。ですけれど、これから先、私が何の悪いこともしないのにむやみにおぶちになったりすると、三どめには、私はすぐに湖水へかえってしまいますがようございますか。」と、ね・・・ 鈴木三重吉 「湖水の女」
・・・汽車賃や何かで、姉から貰った五十円も、そろそろ減って居りますし、友人達には勿論持合せのある筈は無し、私がそれを承知で、おでんやからそのまま引張り出して来たのだし、そうして友人達は私を十分に信用している様子なのだから、いきおい私も自信ある態度・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・若い時、ああいうふうで、むやみに恋愛神聖論者を気どって、口ではきれいなことを言っていても、本能が承知しないから、ついみずから傷つけて快を取るというようなことになる。そしてそれが習慣になると、病的になって、本能の充分の働きをすることができなく・・・ 田山花袋 「少女病」
出典:青空文庫