・・・それを買う事にして、そして前の欠けた壷と二つを持って帰ろうとするが、主人はそれでも承知してくれない。もしその欠けたのの特別な色合でも何か調べる必要があるのなら持って行ってもいいが、もう一つ欠けないのもぜひ持って行けというのである。 それ・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・しかしその疑いは何の理由のないことは自分も承知していた。「いったい何時だろう」「四時です」 断定的に帰宅を促した電文が、それから間もなく辰之助の家からお絹の家へ届いて、道太はにわかに出立を急ぐことになった。 支度をしに二階へ・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・「はあ、承知しました。」 玄関に平伏した田崎は、父の車が砂利を轢って表門を出るや否や、小倉袴の股立高く取って、天秤棒を手に庭へと出た。其の時分の書生のさまなぞ、今から考えると、幕府の当時と同様、可笑しい程主従の差別のついて居た事が、・・・ 永井荷風 「狐」
・・・私の講演を行住坐臥共に覚えていらっしゃいと言っても、心理作用に反した注文なら誰も承知する者はありません。これと同じようにあなた方と云うやはり一箇の団体の意識の内容を検して見るとたとえ一カ月に亘ろうが一年に亘ろうが一カ月には一カ月を括るべき炳・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・ 不人情なことを云うと承知しねえぞ、ボースン、ボースンと立てときゃ、いやに親方振りやがって、そんなボーイ長たあ、ボーイ長が異うぞ! 此野郎、行って見ろったら行って見ろ!」 見習は、六尺位の仁王様のように怒った。「ほんとかい」「ほ・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・もう承知しておくれだッたのだから、くどく言うこともないのだが……。お前さんの性質だと……もうわかッてるんだから安心だが……。吉里さん、本統に頼むよ」 吉里はまた泣き出した。その声は室外へ漏れるほどだ。西宮も慰めかねていた。「へい、お・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・あなたはお職業柄で女の心を御承知でいらっしゃるはずでございますからね。それにあなたは世間の事をよく御承知で、法律にもお精しいことを承知いたしています。わたくしは万事打明けてお願申すつもりでございます。わたくしの幸福と申すのは可笑しゅうござい・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・明日の晩実は柳橋で御馳走になる約束があるのだが一日だけ日延してはくれまいかと願って見たとて鬼の事だからまさか承知しまいナ。もっとも地獄の沙汰も金次第というから犢鼻褌のカクシへおひねりを一つ投げこめば鬼の角も折れない事はあるまいが生憎今は十銭・・・ 正岡子規 「墓」
・・・よろしい。承知しました。それで日はいつにしましょう。式の日は。」「八月二日がいいわ。」「それがいいです。」カン蛙はすまして空を向きました。 そこでは雲の峯がいままたペネタ形になって流れています。「そんならあたしうちへ帰ってみ・・・ 宮沢賢治 「蛙のゴム靴」
・・・という字は、御承知の通り日本では明治のはじめから真実の意味で「人民生活の公安」のために使われたことは、ただの一度もなかった。ですから、出版綱領実践委員会はエログロ出版取締のためという名目に乗ぜられて、新しい出版取締法をつくられる媒介になるこ・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
出典:青空文庫