・・・船長の細君でゝもない限り、なんとかして外米をうまく食べようという技巧がそこで工夫されだした。 まず、食事たびごとに飯をたいてみた。なにしろ、外米はつめたくなると一そうパラつくのである。 前夜から洗っておいて、水加減を多くし、トロ火で・・・ 黒島伝治 「外米と農民」
・・・同氏のほかの短歌や詩は、恋だとか、何だとかをヒネくって、技巧を弄し、吾々は一体虫が好かんものである。吾々には、ひとつもふれてきない。が、「君死にたまふことなかれ」という詩だけは、七五調の古い新体詩の形に束縛されつゝもさすがに肉親に関係するこ・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・私は技巧的な微笑を頬に浮かべて、「君は、さっきから僕を無学だの低能だのと称しているが、僕だって多少は、名の有る男だ。事実、無学であり低能ではあるが、けれども、君よりは、ましだと思っている。君には、僕を侮辱する資格は無いのだ。君の不当の暴言に・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・十九歳にして、既にこのように技巧的である。まったく、いやになるね。なぜ、笑ったりなんかしているのだろう。見給え、この約四十人の生徒の中で、笑っているのは、私ひとりじゃないか。とても厳粛な筈の記念撮影に、ニヤリと笑うなどとは、ふざけた話だ。不・・・ 太宰治 「小さいアルバム」
・・・、この人物は身のたけ六尺、顔面は赤銅色に輝き腕の太さは松の大木の如く、近所の質屋の猛犬を蹴殺したとかの噂も仄聞致し居り、甚だ薄気味わるく御座候えば、老生はこの人物に対しては露骨に軽侮の色を示さず、常に技巧的なる笑いを以て御挨拶申上げ居り候。・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・ このように映像が二次元的であることから生じるいろいろな可能性のうちにはいわゆるトリック撮影のいろいろな技巧がある。これによって実際の舞台演技では到底見せることのできないものを見せることが容易である。 このようにして映画は自由自在に・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ これは別に映画では珍しくもない技巧であるが、しかしこの場合にはこの技巧が同時に聞かせる音楽と相待ってかなりな必然性をもって使用されており、これによってこうした発声映画にのみ固有な特殊の効果を出している。眼前を過ぎる幻像を悲痛のために強・・・ 寺田寅彦 「映画雑感6[#「6」はローマ数字、1-13-26]」
・・・しかしそういう小技巧だけならば何も、この「モロッコ」に限らず、少し気のきいた映画には至るところに使われていることであろうと想像される。この映画の独自な興味は結局太鼓の音と靴音とこれに伴なう兵隊の行列によって象徴された特異なモチーフをもって貫・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・ 池へ投身しようとして駆けて行くところで、スクリーンの左端へ今にも衝突しそうに見えるように撮っているのも一種の技巧である。これが反対に画面の右端を左へ向いて駆けって行くのでは迫った感じが出ないであろう。 妖精の舞踊や、夢中の幻影は自・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・この哀調は、小説家がその趣味から作り出した技巧の結果ではなかった。独り遊里のみには限らない。この哀調は過去の東京にあっては繁華な下町にも、静な山の手の町にも、折に触れ時につれて、切々として人の官覚を動す力があった。しかし歳月の過るに従い、繁・・・ 永井荷風 「里の今昔」
出典:青空文庫