・・・彼自身が後年自分の前に空間と自己自らの熱意の投影しか見なかったと告白していることは、よく彼の作家的現実を説明している。ジイドは、作品そのものよりむしろその作品に至るまでの彼の内的過程が注目と興味とを牽く特別な作家の一人なのである。 一九・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・れて来ているし歴史小説の分野では、時代と環境との客観的意義の評価を見直すことでは前進しつつ、そこにゆきかける時代の人間の積極なものとの関係の分析と意義とを従の関係におくことではやはり現代の文学の敗北の投影がみられる。そして、評論の面では、誤・・・ 宮本百合子 「昭和十五年度の文学様相」
・・・しかし、戦争挑発をつづけてその恐怖の投影のもとに新たな拡張を実現しようとしている国内国外の力にとって、日本の人民が心から戦争をきらい、戦争にかり立てられることを拒んでいるその感情を、今日行われている戦争挑発の全過程に対する抵抗として結集し、・・・ 宮本百合子 「世紀の「分別」」
・・・魯迅の大きい、嘘というもののない人間及び文学者としての投影のなかから、既に、魯迅自身は歩まなかった新しい中国文学の一歩がふみ出されている。丁度ゴーリキイの巨大な懐の中から、夥しい民衆の文学創造力が、かもし出されて、今日のソヴェト文学をゆたか・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・ここに、日本の文化の深奥において、思想性はいまだ確立されていなかった過去の悲劇的な投影があるのである。 あらゆる時期と場合にあらゆる変形をもって、合理的な判断を守り、沈黙することは決して思索し、批判することをやめることではない。思想は、・・・ 宮本百合子 「「どう考えるか」に就て」
・・・ひろ子のこの苦痛の深さに、一心に暮した十二年の歳月が折りたたまって投影しているとおり、重吉の索漠たる思いにも、同じ長い年月に亙って生活して来た彼のひどい環境の照りかえしが決してないと、どうして云えよう。 閃く稲妻のようにひろ子の心を一つ・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・日本の民主主義の道には、この二重の投影がある。したがって、日本での人間性の解放を具体的に考えるとき、それはこの二重の影を二重に、同時的にうちひらいてゆく運動の理解に立たなければならない。理屈の上でそうなのではなくて、事実が、それを求めている・・・ 宮本百合子 「真夏の夜の夢」
・・・非常にのろのろと傾きかかり、目前だけを見ればますますその投影がたけを伸ばして来つつあるかのようにさえ感じられる昔の西日の落す陰を身に受けていない者はないのである。 森鴎外という人は、子供を深く愛し、特に教養のことについては無関心でいられ・・・ 宮本百合子 「歴史の落穂」
・・・青草に横わって池を眺めると、今は樹間をこめる紫っぽい夕暮の陰翳まで漣とともにひろがり、白鳥ばかり真白に、白樺の投影の裡に伸びた。〔一九二七年五月〕 宮本百合子 「わが五月」
出典:青空文庫