・・・ 一等客でコロンボから乗った英国人がけさ投身したと話していた。妻と三人の子供をなくしてひとりさびしく故国へ帰る道であったそうな。四月二十六日 午後T氏がわざわざ用意して手荷物の中に入れて来た煎茶器を出して洗ったりふいたりした。そ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・ しかし、ともかくも、たとえば、三原山投身者だけについてでも、もしわかるものならその中で俳句をやっていた人が何プロセントあったか調べてみたいような気がする。俳諧の目を通して自然と人生を見ている人が、容易なことでそんな絶望的気持ちになった・・・ 寺田寅彦 「俳諧瑣談」
・・・ 十九 入水者はきっと草履や下駄をきれいに脱ぎそろえてから投身する。噴火口に飛び込むのでもリュックサックをおろしたり靴を脱いだり上着をとったりしてかかるのが多いようである。どうせ死ぬために投身するならどちらでも同・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・夜も眠らない稲草人の前に、一つ一つくりひろげられる貧しい農家の老婆が害虫と闘い生活と闘う姿や、飲んだくれの夫に売られることを歎いて、投身して死ぬ漁婦の独白は読者の心魂に刻み込まれて消すことの出来ないリアリティーをもって描かれている。 そ・・・ 宮本百合子 「春桃」
出典:青空文庫