・・・文字通りの気持から言えば、身体に一種の抵抗を感じるのであった。だから夜更けて湯へゆくことはその抵抗だけのエネルギーを余分に持って行かなければならないといつも考えていた。またそう考えることは定まらない不安定な、埓のない恐怖にある限界を与えるこ・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・ 疲労と空腹は、寒さに対する抵抗力を奪い去ってしまうものだ。 一個中隊すべての者が雪の中で凍死する、そんなことがあるものだろうか? あってもいいものだろうか? 少佐の性慾の××になったのだ。兵卒達はそういうことすら知らなかった。・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 兵士達は、小屋にパルチザンがかくれていて、不意に捨身の抵抗を受けるかもしれないと予想した。その瞬間、彼等は緊張した。栗本の右側にいる吉田は白樺に銃身をもたして、小屋を射撃した。銃声が霧の中にこだまして、弾丸が小屋の積重ねられた丸太を通・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・捕虜は生きのがれようとあるだけの力を搾って抵抗したのだろう。森のまた、帰る方の道には、腕関節からはすかいに切り落された手や、足の這入った靴が片方だけ、白い雪の上に不用意に落されてあった。手や足は、靴と共にかたく、大理石の模型のように白く凍っ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・んにも所在がないから江戸のあの燈は何処の燈だろうなどと、江戸が近くなるにつけて江戸の方を見、それからずいと東の方を見ますと、――今漕いでいるのは少しでも潮が上から押すのですから、澪を外れた、つまり水の抵抗の少い処を漕いでいるのでしたが、澪の・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・虚空に抵抗物は少いのだが斯くなるこの自然の約束を万物の上から観破して僕は螺旋が運動の妙則だと察したよ。サア話しが段々煮えて来た、ここへ香料を落して一ト花さかせる所だ。マア聞玉え、ナニ聞ていると、ソウカよしよし。ここで万物死生の大論を担ぎ出さ・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・むこうは抵抗した。竿は月の如くになった。綸は鉄線の如くになった。水面に小波は立った。次いでまた水の綾が乱れた。しかし終に魚は狂い疲れた。その白い平を見せる段になってとうとうこっちへ引寄せられた。その時予の後にあってたまを何時か手にしていた少・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・そして寒い凍え死ぬような一冬を始めてこの山の上で越した時分には風邪ばかり引いていた彼の身体にも、いくらかの抵抗する力が出来たことを悦んだ。ビッショリ汗をかきながら家へ戻って見ると、その年も畠に咲いた馬鈴薯の白い花がうなだれていた。雨に打たれ・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・カントの鳩は、自分の翼を束縛する此の空気が無かったならば、もっとよく飛べるだろうと思うのですが、これは、自分が飛ぶためには、翼の重さを托し得る此の空気の抵抗が必要だということを識らぬのです。同様にして、芸術が上昇せんが為には、矢張り或る抵抗・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
・・・空気の抵抗があってはじめて鳩が飛び上る事が出来るのです。闘争の対象の無い自由思想は、まるでそれこそ真空管の中ではばたいている鳩のようなもので、全く飛翔が出来ません。」「似たような名前の男がいるじゃないか。」と越後獅子はスリッパを縫う手を・・・ 太宰治 「十五年間」
出典:青空文庫