・・・若しも然らんには我輩は記者の推察を抹殺する者に非ず。其推察、察し得て妙なりと言わんと欲するものなり。元来日本の婦人は婚姻の契約を無視せられて夫婦対等の権利を剥奪せられ、常に圧制の下に匍匐して男子に侮辱せらるゝ者なれば、人間の天性として心中不・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・論者が、しきりに近世の著書・新聞紙等の説を厭うて、もっぱら唐虞三代の古典を勧むるは、はたしてこの古典の力をもって今の新説を抹殺するに足るべしと信ずるか。しかのみならず論者が、今の世態の、一時、己が意に適せずして局部に不便利なるを発見し、その・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
・・・つまり、人権剥奪の最もはげしい形である戦争への召集のために、個々の存在抹殺としての身分平等化が行われたわけであった。朝鮮の人々の日本名への改姓が強制されたと同じに――。しかし、日本の大学でも兵営でも、部落の人々の遭遇する運命は多難であった。・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・衣、食、住、愛憎の問題だけを見ても、戦争中は、人間的な欲求の一切を抹殺した権力によって、そういうテーマは、すべて自然の文明的な主張をかくし、軍国主義への献身だけが強調された。小説にしろ、そうだった。大衆のこのみは、そこに追いこまれ、すべての・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
・・・批判をそのままくりかえし、これらの人々の活動の積極面――プロレタリア文学運動の成果の抹殺が試みられた。それは、客観的には、非民主的諸勢力への加担を結果することである。「一連の非プロレタリア的作品」を思い出させることで、わたしの現在での活動や・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・ファシズムの文化政策はその溝をとおって作家と知識人の批判精神をふみつぶし、よらしむべし、しらしむべからずの大衆性へ追いこんで、大衆そのものの人間性さえ抹殺するたすけにした。 今日、中間小説が一部の作家から現代文学の正統的な発展であるかの・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十一巻)」
・・・ われわれはゴーリキー礼讚における狡猾な党派性の抹殺をあばかなければならぬ。プロレタリア作家としての実践の中にその基本とプロレタリアの党派性を確立しなければならない。〔一九三三年一月〕・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・ところが、当時の情報局文化統制は、講談社、主婦之友を極端な軍国主義に動員することで好戦意識を宣伝していたから、谷川氏の平衡論はその現実のなかで、日本のより高い理性をもつ文化能力を抹殺する理論づけになった。戦争について意見をもつ文化は、少数者・・・ 宮本百合子 「偽りのない文化を」
・・・制服というものは土台、一人一人の人格や個性、その人の人生を抹殺して、一定目的のための集団性を示す手段ではないだろうか。一人一人から名前を取って番号形にしてしまうと同じで、兵隊でも監獄でも個性を示す銘々の着物は決して着せない。女学校でさえ制服・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・蔵原惟人、小林多喜二、宮本顕治などの、既に当時は公然とした文化の場面で討論する自由を失わせられていた人々の努力をひたすら否定し、抹殺することで自身の保身法とするために、ソヴェトの社会主義的リアリズム論が歪めて援用された。これは一九三三年六月・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
出典:青空文庫