・・・ 彼の述懐を聞くと、まず早水藤左衛門は、両手にこしらえていた拳骨を、二三度膝の上にこすりながら、「彼奴等は皆、揃いも揃った人畜生ばかりですな。一人として、武士の風上にも置けるような奴は居りません。」「さようさ。それも高田群兵衛な・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・彼は最後に身を起こすが早いか、たちまち拳骨をふりまわしながら、だれにでもこう怒鳴りつけるであろう。――「出て行け! この悪党めが! 貴様も莫迦な、嫉妬深い、猥褻な、ずうずうしい、うぬぼれきった、残酷な、虫のいい動物なんだろう。出ていけ! こ・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・それも仲が良過ぎてのことならとにかく、根っから夫婦一緒に出歩いたことのない水臭い仲で、お互いよくよく毛嫌いして、それでもたまに大将が御寮人さんに肩を揉ませると、御寮人さんは大将のうしろで拳骨を振り舞わし、前で見ている女子衆を存分に笑わせた揚・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・ 私は点呼令状と腕時計をかわるがわる見せて、令状には午前七時に出頭すべしとあるが、今はまだ七時前であるという意味のことを述べると、分会長は文句を言うなと奴鳴って、再び拳骨で私の鼻を撲った。あッと思って鼻を押えると、血が吹き出していた。あ・・・ 織田作之助 「髪」
・・・ 自分はいきなり拳骨を固めて自分の頭をいやと云うほど擲った。そうして奥歯をぎりぎりと噛んだ。両腋から汗が出る。背中が棒のようになった。膝の接目が急に痛くなった。膝が折れたってどうあるものかと思った。けれども痛い。苦しい。無はなかなか出て・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・私はこう怒鳴ると共に、今度は固めた拳骨で体ごと奴の鼻っ柱を下から上へ向って、小突き上げた。私は同時に頭をやられたが、然し今度は私の襲撃が成功した。相手は鼻血をタラタラ垂らしてそこへうずくまってしまった。 私は洗ったように汗まみれになった・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
出典:青空文庫