・・・ところがちょうど三年以前、上海へ上陸すると同時に、東京から持ち越したインフルエンザのためにある病院へはいることになった。熱は病院へはいった後も容易に彼を離れなかった。彼は白い寝台の上に朦朧とした目を開いたまま、蒙古の春を運んで来る黄沙の凄じ・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・その実は昨夜の酒を持越しのため、四時びけの処を待兼ねて、ちと早めに出た処、いささか懐中に心得あり。 一旦家へ帰ってから出直してもよし、直ぐに出掛けても怪しゅうはあらず、またと……誰か誘おうかなどと、不了簡を廻らしながら、いつも乗って帰る・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・しかけている年頃の女性たちも、率直な心底をうちわってその心持を披瀝すれば、案外にもその人たちが十七八歳か二十ごろ抱いていた異性の間に友情は成り立たないものかしらというぼんやりした期待、疑問を、そのまま持ち越している人たちがかなりあるのだろう・・・ 宮本百合子 「異性の友情」
・・・だから古い大家連の中には、革命までの数十年間にしみ込んだ俳優気質っていうようなものを持ち越して生きてるものもあるらしいな。そういう面はありながら実際舞台に働いている大家連は、それは歌右衛門や仁左とはちがうさ。社会主義からきりはなされて存在し・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
出典:青空文庫