・・・夫人 いいえ、その末の見込が、私が財産を持込みませんと、いびり出されるばかりなんです。咳をしたと言てはひそひそ、頭を痛がると言っては、ひそひそ。姑たちが額を集め、芝居や、活動によくある筋の、あの肺病だから家のためにはかえられない、という・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・とんでもない奴等、若い者に爺婆交りで、泊の三衛門が百万遍を、どうでござりましょう、この湯治場へ持込みやがって、今に聞いていらっしゃい隣宿で始めますから、けたいが悪いじゃごわせんか、この節あ毎晩だ、五智で海豚が鳴いたって、あんな不景気な声は出・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 紳士は、高価な金を払って、しんぱくを車の中へ持ち込みました。このとき、しんぱくは、命を賭けて取り、育ててくれたほどの人が、金銭で売ってしまった、その愛について疑わずにはいられなかったのでした。しかし、これが人間社会の掟でもあろうかと思・・・ 小川未明 「しんぱくの話」
・・・そんな中へどうも、こんな御面倒な話を持ち込みましちゃ……」と媼さんは何か思案に晦れる。莨を填めては吸い填めては吸い、しまいにゴホゴホ咽せ返って苦しんだが、やッと落ち着いたところで、「お光さん、一体今度のお話の……金之助さんとかいうのでしたね・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・私みたいな、不徳の者が、兵隊さんの原稿を持ち込みするということに、唐突の思いをなされるかも知れませんが、けれども人間の真情はまた、おのずから別のもので、私だって、」と書きかけて、つい、つまずいてしまうのだ。何が「私だって」だ。嘘も、いい加減・・・ 太宰治 「鴎」
・・・など、面白くない原稿かいて、実話雑誌や、菊池寛のところへ、持ち込み、殴られて、つまみ出されて、それでも、全部見抜いてしまってあるようなべっとり油くさいニヤニヤ笑いやめない汚いものになるのであろうと思いました。今から、また、また、二十人に余る・・・ 太宰治 「創生記」
・・・広い病室を二つ借りて家財道具全部を持ち込み、病院に移住してしまった。五月、六月、七月、そろそろ藪蚊が出て来て病室に白い蚊帳を吊りはじめたころ、私は院長の指図で、千葉県船橋町に転地した。海岸である。町はずれに、新築の家を借りて住んだ。転地保養・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・神の観念が夢から示唆され、それが不可解不可能なるすべての事情の持ち込み所に進化するという考えももらされている。そして結局宗教の否定が繰り返さるるのである。 六 第六巻では主として地球物理学的の現象が取り扱われてい・・・ 寺田寅彦 「ルクレチウスと科学」
・・・僕はそういう方に少しも発達せず、まるでわからん処へ持って来て、彼はハルトマンの哲学書か何かを持ち込み、大分振り廻していた。尤も厚い独逸書で、外国にいる加藤恒忠氏に送って貰ったもので、ろくに読めもせぬものを頻りにひっくりかえしていた。幼稚な正・・・ 夏目漱石 「正岡子規」
・・・誠に申分なき教訓にして左こそありたきことなれども、此章に於ては特に之を婦人の一方に持込み、斯の如きは女の道に違うものなり、女の道は斯くある可しと、女ばかりを警しめ、女ばかりに勧むるとは、其意を得難し。例えば女の天性妊娠するの約束なるが故に妊・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
出典:青空文庫