・・・都会へ出て大工や指物師になっている者もある。杉や欅の出る土地柄だからだ。しかしこの百姓家の二男は東京へ出て新聞配達になった。真面目な青年だったそうだ。苦学というからには募集広告の講談社的な偽瞞にひっかかったのにちがいない。それにしても死ぬま・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・何の小説家がと、小説家をもってあたかも指物師とか経師屋のごとく単に筆を舐って衣食する人のように考えている。小説家よりも大学の先生の方が遥にえらいと考えている。内務省の地方局長の方がなお遥にえらいと思っている。大臣や金持や華族様はなおなお遥に・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・去年穴のあいた机をこしらえさせた下手な指物師の店もある。例の爺さんは今しも削りあげた木を老眼にあてて覚束ない見ようをして居る。 やっちゃ場の跡が広い町になったのは見るたびに嬉しい。 坂本へ出るとここも道幅が広がりかかって居る。 ・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・ゴーリキイは指物師であった父親に五歳の時死別れた。それから後、母と共に引き取られた祖父の家でどんなに非人間的な生活を送ったかということは「幼年時代」に残るところなく描かれている。引続いて「人々の中」、「主人」、「私の大学」等に描かれている二・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイによって描かれた婦人」
・・・若い、しっかりした指物師であった父親のマクシムはゴーリキイが五つの時ヴォルガ河を通っている汽船の中でコレラで死んだ。この若い父も当時のロシアの社会に生きる勝気な青年らしい短い物語をもった人であった。 マクシムの父親というのは陸軍将校であ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・これらの学生達は目の前へ彼を置いて、「まるで指物師が並々ならぬものを作ることの出来る木の一片でも見るよう」な眼付でゴーリキイを眺めた。「子供が道傍でひろった大きい銅貨でも見せ合うように、誇りをもって」彼を皆に紹介し合った。これは、ゴーリキイ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・ニージュニの職人組合の長老をやり、染物工場をもったりしていた祖父は、自分の娘が一文なしの渡り者の指物師などと一緒になることを辛棒できなかったのである。 五つの時父はコレラで死に、幼いゴーリキイは母と一緒にニージュニへかえって祖父の家で暮・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの人及び芸術」
出典:青空文庫