・・・と藤さんは微笑みながら、立って押入れを探す。 藤さんという名はこうして知ったのである。「そしてあなたが何でお泣きになったんです?」「いいえ、嘘ですの、そんなことは」「燐寸を探していらっしゃるんですか。私が持っています」「・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・困り入ってどうしたものかと考えながらその解釈を捜すような心持で棚の上を見ると、そこに一つの白釉のかかった、少し大きい花瓶が目についた。これも粗末ではあるが、鼠色がかった白釉の肌合も、鈍重な下膨れの輪郭も、何となく落ちついていい気持がするので・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・こんな成績の好いのは軍隊でも珍らしいというでね…… それだから秋山大尉を捜すについちゃ、忰も勿論呼出されて、人選に加わったと云う訳なんで…… それで三十人の兵士は一度に河へ飛び込んだ。けど何しろ時間が経っている。それに河巾も広い、深・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・わたくしは生涯独身でくらそうと決心したのでもなく、そうかといって、人を煩してまで配偶者を探す気にもならなかった。来るものがあったら拒むまいと思いながら年を送る中、いつか四十を過ぎ、五十の坂を越して忽ち六十も目睫の間に迫ってくるようになった。・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・この長沢先生の時間と覚えておりますが、その先生がカッパードシヤカッパードシヤとボールドへ書くので、そのカッパードシヤを書こうとしてチョークを捜すために抽斗を明けると、その抽斗の中から豆ががらがらと出て来たというような話がある。これは先生を侮・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・その旅人と云っても、馬を扱う人の外は、薬屋か林務官、化石を探す学生、測量師など、ほんの僅かなものでした。 今年も、もう空に、透き徹った秋の粉が一面散り渡るようになりました。 雲がちぎれ、風が吹き、夏の休みももう明日だけです。 達・・・ 宮沢賢治 「種山ヶ原」
・・・人の悪口や、欠点計り探す事はいけないと分れば、どんな時にでも、それはしまいと心に願いました。 人間は、花や小鳥や、天と地とがそうであるように、お互に助け合い、其の人々の持っているよい点を尚お磨きながら、楽しく睦じく、そして正しく暮して行・・・ 宮本百合子 「いとこ同志」
・・・それは時計を捜すのである。逓信省で車掌に買って渡す時計だとかで、頗る大きいニッケル時計なのである。針はいつもの通り、きちんと六時を指している。「おい。戸を開けんか。」 女中が手を拭き拭き出て来て、雨戸を繰り開ける。外は相変らず、灰色・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・ ユリアは何か亡くした物でも捜すように、床の上を見た。そして声を震わせて云った。「そう。それからどうしたの。」「行ってしまいましたの。でもわたしびっくりしたので、いまだに動悸がしますわ。ひどく打ったのに、痛くもなんともないのですもの・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・それを探すような気持ちであちこちをながめていると、水面の闇がいくらか薄れて来て、池の広さがだんだん目に入るようになって来た。 私たちのそういう騒ぎを黙って聞いていて口を出さない船頭に、一体音のすることがあるのかと聞いてみると、わしもそん・・・ 和辻哲郎 「巨椋池の蓮」
出典:青空文庫