・・・勿論悲惨な捨子の記憶は、この間も夫婦の心の底に、蟠っていたのに違いありません。殊に女は赤子の口へ乏しい乳を注ぐ度に、必ず東京を立ち退いた晩がはっきりと思い出されたそうです。しかし店は忙しい。子供も日に増し大きくなる。銀行にも多少は預金が出来・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・「かわいそうに、捨て子だが、だれがこんなところに捨てたのだろう。それにしても不思議なことは、おまいりの帰りに、私の目に止まるというのは、なにかの縁だろう。このままに見捨てていっては、神さまの罰が当たる。きっと神さまが、私たち夫婦に子供の・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・ ところが悪いことは続くもので、その年の冬、椙が八年ぶりにひょっくり戻ってくるとお光を見るなり抱き寄せて、あ、この子や、この子や、ねえさんこの子はあての子どっせ、七年前に寺田屋の軒先へ捨子したのは今だからこそ白状するがあてどしたんえとい・・・ 織田作之助 「螢」
・・・あれは豊干さんが松林の中から拾って帰られた捨て子でございます」「はあ。そして当寺では何をしておられますか」「拾われて参ってから三年ほど立ちましたとき、食堂で上座の像に香を上げたり、燈明を上げたり、そのほか供えものをさせたりいたしまし・・・ 森鴎外 「寒山拾得」
出典:青空文庫