・・・ 今年の春、田家にさく梅花を探りに歩いていた時である。わたくしは古木と古碑との様子の何やらいわれがあるらしく、尋常の一里塚ではないような気がしたので、立寄って見ると、正面に「葛羅之井。」側面に「文化九年壬申三月建、本郷村中世話人惣四郎」・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・と又ウィリアムの胸の底へ探りの石を投げ込む。「そんな国に黒い眼、黒い髪の男は無用じゃ」とウィリアムは自ら嘲る如くに云う。「やはりその金色の髪の主の居る所が恋しいと見えるな」「言うまでもない」とウィリアムはきっとなって幻影の盾を見・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ただ余の出立の朝、君は篋底を探りて一束の草稿を持ち来りて、亡児の終焉記なればとて余に示された、かつ今度出版すべき文学史をば亡児の記念としたいとのこと、及び余にも何か書き添えてくれよということをも話された。君と余と相遇うて亡児の事を話さなかっ・・・ 西田幾多郎 「我が子の死」
・・・畢竟子を学校に入るる者の内心を探りてその真実を丸出しにすれば、自分にて子供を教育しこれに注意するは面倒なりというに過ぎず。一月七、八円の学費を給し既に学校に入るれば、これを放ちて棄てたるが如く、その子の何を学ぶを知らず、その行状のいかなるを・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・故にかの西洋家流が欧米の著書・新聞紙など読みてその陰所の醜を探り、ややもすればこれを公言して、以て冥々の間に自家の醜を瞞着せんとするが如き工風を運らすも、到底我輩の筆鋒を遁るるに路なきものと知るべし。 日本男子の内行不取締は、その実にお・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・「設け題」「探り題」「あき米櫃」「饅頭を頬ばる」「笑ひかたりて腹をよる」「畳かず狸のものの広さにて」「二郎太郎三郎」など思うに任せて新語新句をはばかり気もなく使いたるのみならず、「人豆を打つ」「涼しさ広き」「窓をうづめてさく薔薇」などいうが・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・しかもその記実たる自己が見聞せるすべての事物より句を探り出だすにあらず、記実の中にてもただ自己を離れたる純客観の事物は全くこれを抛擲し、ただ自己を本としてこれに関連する事物の実際を詠ずるに止まれり。今日より見ればその見識の卑きこと実に笑うに・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・ 勘助が、もう一人と暗い土間で履物を爪先探りしている時、けたたましい声が聞こえた。「勇吉ん家が火事だぞ――っ!」 その声で、総立ちになった。方々で、戸をあける音もする。勘助は、緊張した声で指揮をした。「おれと、馬さんは現場へ・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ けれ共、その心を探り入って見た時に、未だ若く、歓に酔うて居る私共でさえ面を被うて、たよりない涙に※ぶ様になる程であるか。 私は静かに目を瞑って想う。 順良な、素直な老いた母は、我子等の育い立ちを如何ほど心待って居る事であろう。・・・ 宮本百合子 「大いなるもの」
・・・そこでその手近な長椅子に探り寄った。そこへ腰を落ち着けて、途中で止めた眠を続けようと思うのである。やっと探り寄ってそこへ掛けようと思う時、丁度外を誰かが硝子提灯を持って通った。火影がちらと映って、自分の掛けようとしている所に、一人の男の寝て・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫