・・・顔が熊の子のようで、愛くるしいので、きょうだいたちが、何かとかれにかまいすぎて、それがために、かれは多少おっちょこちょいのところがある。探偵小説を好む。ときどきひとり部屋の中で、変装してみたりなどしている。語学の勉強と称して、和文対訳のドイ・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・売店で、かず枝はモダン日本の探偵小説特輯号を買い、嘉七は、ウイスキイの小瓶を買った。新潟行、十時半の汽車に乗りこんだ。 向い合って席に落ちついてから、ふたりはかすかに笑った。「ね、あたし、こんな恰好をして、おばさん変に思わないかしら・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・私はジョルジュ・シメノンという人の探偵小説を読みはじめた。私は長い汽車の旅にはなるべく探偵小説を読む事にしている。汽車の中で、プロレゴーメナなどを読む気はしない。 北さんは私のほうへ新聞をのべて寄こした。受け取って、見ると、その頃私が発・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・試験には、まだ十五分の間があった。探偵小説家の父親の銅像に、いつくしみの瞳をそそぎつつ、右手のだらだら坂を下り、庭園に出たのである。これは、むかし、さるお大名のお庭であった。池には鯉と緋鯉とすっぽんがいる。五六年まえまでには、ひとつがいの鶴・・・ 太宰治 「逆行」
・・・言った事だが、君は君自身に、どこかいいところがあると思っているらしいが、後代にまで名が残っている人たちは、もう君くらいの年齢の頃には万巻の書を読んでいるんだ、その書だって猿飛佐助だの鼠小僧だの、または探偵小説、恋愛小説、そんなもんじゃない、・・・ 太宰治 「鉄面皮」
・・・ 学校の校長が、私が話を聞きに行ったのを探偵にでも来たのかと思って、非常に恐れていたのも滑稽であった。 それから私は一度小林君の親たちの住んでいる家を訪ねた。やはり、小林君のことを小説にするとは言えないので、書画の話を聞くふりして出・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・無論同時に秘密警察署へも報告をいたしまして、私立探偵事務所二箇所へ知らせましたそうで。」「なるほど。シエロック・ホルムス先生に知らせたのだね。」 門番はおれの顔を見た。その見かたは慇懃ではあるが、変に思っているという見かたであった。・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・その問題は型式的には刑事探偵が偶には出くわす問題とおなじようなものかと思われた。 問題を分析するとつぎのようになる。 問題。宅の近所のA家は新聞所載のA家と同一か。同一ならばその家の猫Bと、宅の庭で見かけた猫Cと同一か。そうだとすれ・・・ 寺田寅彦 「ある探偵事件」
・・・それはとにかく、このヘリオトロープの信号は少なくも映画や探偵小説の一場面としてはこれも一遍だけは適当であろう。「モナリザの失踪」という映画に、ヒーローの寝ころんで「ナポレオンのイタリア侵入」を読んでいる横顔へ、女がいたずらの光束を送ると・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・たとえば探偵が容疑犯罪者と話しているおりから隣室から土人の女の歌が聞こえて来るのに気がついて耳をそばだてる。歌がやんで後にその女が現われるとすれば、そこに特殊なモンタージュ効果を生ずる。あるいは突然銃声が聞こえて窓ガラスに穴をあける、そこで・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫