・・・ 彼の無言でいるのを見た伝右衛門は、大方それを彼らしい謙譲な心もちの結果とでも、推測したのであろう。愈彼の人柄に敬服した。その敬服さ加減を披瀝するために、この朴直な肥後侍は、無理に話頭を一転すると、たちまち内蔵助の忠義に対する、盛な歎賞・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ただ前後の事情により、大体の推測は下せぬこともない。わたしは馬政紀、馬記、元享療牛馬駝集、伯楽相馬経等の諸書に従い、彼の脚の興奮したのはこう言うためだったと確信している。―― 当日は烈しい黄塵だった。黄塵とは蒙古の春風の北京へ運んで来る・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・この推測は今度も七十歳を越した彼の経験に合していた。……「さもあろう。」「あの女はいかがいたしましょう?」「善いわ、やはり召使っておけ。」 直孝はやや苛立たしげだった。「けれども上を欺きました罪は……」 家康はしばら・・・ 芥川竜之介 「古千屋」
・・・一時などは椽側に何だか解らぬが動物の足跡が付いているが、それなんぞしらべて丁度障子の一小間の間を出入するほどな動物だろうという事だけは推測出来たが、誰しも、遂にその姿を発見したものはない。終には洋燈を戸棚へ入れるというような、危険千万な事に・・・ 泉鏡花 「一寸怪」
・・・しかるにお通は予めその趣を心得たれば、老媼が推測りしほどには驚かざりき。 美人は冷然として老媼を諭しぬ、「母上の世に在さば何とこれを裁きたまわむ、まずそれを思い見よ、必ずかかる乞食の妻となれとはいいたまわじ。」と謂われて返さむ言も無けれ・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・忠実な老爺は予の身ぶりに注意しているとみえ、予が口を動かすと、すぐに推測をたくましくして案内をいうのである。おかしくもあるがすこぶる可憐に思われた。予がうしろをさすと、「ヘイあの奥が河口でございます。つまらないところで、ヘイ。晴れてれば・・・ 伊藤左千夫 「河口湖」
・・・彼の郷国も、罪名も、刑期も書いてはなかったが、しかしとにかく十九の年からもう七年もいて、まだいつごろ出られるとも書いてないところから考えても、容易ならぬ犯罪だったことだけは推測される。――とにかく彼は自分の「蠢くもの」を読んでいるのだ。・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・升屋の老人の推測は、お政の天性憂鬱である上に病身でとかく健康勝れず、それが為に気がふれたに違いないということである。自分の秘密を知らぬものの推測としてはこれが最も当っているので、お政の天性と瘻弱なことは確に幾分の源因を為している。もしこれが・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・更に深く考えてみると、この縁は貴所の申込が好し先であってもそれは成就せず矢張、細川繁の成功に終わるようになっていたのである、と拙者は信ずるその理由は一に貴所の推測に任かす、富岡先生を十分に知っている貴所には直ぐ解るであろう。 かつ拙者は・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・雁坂の路は後北条氏頃には往来絶えざりしところにて、秩父と甲斐の武田氏との関係浅からざりしに考うるも、甚だ行き通いし難からざりし路なりしこと推測らる。家を出ずる時は甲斐に越えんと思いしものを口惜とはおもいながら、尊の雄々しくましませしには及ぶ・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
出典:青空文庫