・・・ ――街の剃頭店主人、何小二なる者は、日清戦争に出征して、屡々勲功を顕したる勇士なれど、凱旋後とかく素行修らず、酒と女とに身を持崩していたが、去る――日、某酒楼にて飲み仲間の誰彼と口論し、遂に掴み合いの喧嘩となりたる末、頸部に重傷を負い・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・ 二人はやっと掴み合いをやめた。彼等の前には薄痘痕のある百姓の女房が立っていた。それはやはり惣吉と云う学校友だちの母親だった。彼女は桑を摘みに来たのか、寝間着に手拭をかぶったなり、大きい笊を抱えていた。そうして何か迂散そうに、じろじろ二・・・ 芥川竜之介 「百合」
・・・しまいには掴み合いの喧嘩になって、出て行け、ああ、出て行ったるわい。おばはんとうとう出て行きよったが、出て行きしな、風呂敷包持って行ったンはええけど、里子の俺は置いてきぼりや。おかげで、乳は飲めん、お腹は空いてくる、お襁褓はかえてくれん、放・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ そんな問答をくりかえしたあげく、掴み合いの喧嘩になった。運転手は車の修繕道具で彼の頭を撲った。割れて血が出た。彼は卒倒した。 運転手は驚いて、彼の重いからだを車の中へかかえ入れた。 そして天下茶屋のアパートの前へ車をつけると、・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・食事の間に祖父さんを中心に掴み合いが始ることさえ珍しくなかった。 たまにおとなしく台所にかたまっていると思うと、この大人達は自分が先棒になって、半分盲目になっている染物職人のグレゴリーの指貫をやいて置いて哀れな職人が火傷するのを見て悦ぶ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・農奴解放は行われたが、その頃のニージュニ・ノヴゴロドの下層小市民の日常生活の中心では、まだ子供を樺の枝でひっぱたくことはあたり前のことと考えられていたし、大人たちが財産争いから酔っ払って血みどろの掴み合いをしたりすることはザラであった。小さ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
・・・ワルワーラが帰って来たので伯父たちの財産争いは一層激しくなり、飯の最中に掴み合いが始ることも珍しくなかった。さもなければ、こういう伯父たちが先棒になって、半分盲目になった染物職人の指貫きをやいておいて火傷をさせて悦ぶような残酷で卑劣なわるさ・・・ 宮本百合子 「逝けるマクシム・ゴーリキイ」
出典:青空文庫