・・・ ラップは頭の皿を掻きながら、正直にこう返事をしました。が、長老は相変わらず静かに微笑して話しつづけました。「それではおわかりなりますまい。我々の神は一日のうちにこの世界を造りました。(『生命の樹のみならず雌の河童を造りました。する・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・彼女はそれでも気をとめずに、水々しい鬢を掻き上げていた。するとその白い物は、前とは反対の方向へ、もう一度咄嗟に通り過ぎた。お蓮は櫛を持ったまま、とうとう後を振り返った。しかし明い座敷の中には、何も生き物のけはいはなかった。やっぱり眼のせいだ・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・その娘は何でも目に見えるものを皆優しい両手で掻き抱き、自分の胸に押しつけたいと思うような気分で、まず晴れ渡った空を仰いで見て、桜の木の赤味を帯びた枝の方を見て、それから庭の草の上に寝ころんで顔を熱く照らす日に向けて居た。しかしそれも退屈だと・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・池の周囲はおどろおどろと蘆の葉が大童で、真中所、河童の皿にぴちゃぴちゃと水を溜めて、其処を、干潟に取り残された小魚の泳ぐのが不断であるから、村の小児が袖を結って水悪戯に掻き廻す。……やどかりも、うようよいる。が、真夏などは暫時の汐の絶間にも・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ おら堪んなくなって、ベソを掻き掻き、おいおい恐怖くって泣き出したあだよ。」 いわれはかくと聞えたが、女房は何にもいわず、唇の色が褪せていた。「苫を上げて、ぼやりと光って、こんの兄哥の形がな、暗中へ出さしった。 おれに貸せ、・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・椿岳さんの画には最う懲り懲りしたと、楢屋はその後椿岳の噂が出る度に頭を掻き掻き苦笑した。浅草絵と浅草人形 椿岳のいわゆる浅草絵というは淡島堂のお堂守をしていた頃の徒然のすさびで、大津絵風の泥画である。多分又平の風流に倣ったのであろう・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・と、U氏は両手で頭を抱えて首を掉り掉り苦しそうに髪の毛を掻き揉った。「君はYから何も聞かなかったかい?」「何にも聞きません。」「こんな弱った事はない、」と、U氏は復た暫らく黙してしまった。やがて、「君は島田のワイフの咄を何処かで聞い・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・つく頃の夜の楽しさを思うて、気がうき/\として、隣りや、向い筋から聞えて来る琴や、三味線の音色に、何んとなく、夢を見るようなうっとりとした気持になって、自分も、手にしていた紅い布を傍にやってほつれ髪を掻きあげながら、ほうっとした顔付で三味線・・・ 小川未明 「夕暮の窓より」
・・・とお光はちっとも動ぜず、洗い髪のハラハラ零れるのを掻き揚げながら、「お上さんと言や、金さん、今日私の来たのはね」「来たのは?」「ほかでもないが、こないだの、そら、写真のはどうなの?」と鋭い目をしてじっと男の顔を見つめる。「うむ、・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・長い竹箸で鍋の中を掻き廻しながら言うた。そんな柳吉に蝶子はひそかにそこはかとなき恋しさを感じるのだが、癖で甘ったるい気分は外に出せず、着物の裾をひらいた長襦袢の膝でぺたりと坐るなり「なんや、まだたいてるのんか、えらい暇かかって何してるのや」・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
出典:青空文庫