・・・という按摩屋で、天井の低い二階で五、六人の按摩がお互いに揉み合いしていた。右隣は歯科医院であった。 その歯科医院は古びたしもた家で、二階に治療機械を備えつけてあるのだが、いかにも煤ぼけて、天井がむやみに低く、機械の先が天井にすれすれにな・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・青年ジイドは自身の裡に目覚める野獣的な慾望の力と揉み合いつつ、これまで自身が身につけていたと思う教育の威力や倫理や教義の無力を痛感した。彼はその責苦を手記の中に披瀝して、恐らく彼と同じ苦痛と疑惑に陥っているであろう「人々の役に立つよう、現し・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・を思い出し、この地方の住民が数世紀に亙って様々の形で行って来た支配権力との揉み合いの歴史を、深く思いやった。帝政ロシアの権力は、石油とカスピ海を眼目にこの都市を侵略した。一九一七年には、ペルシアの石油を我ものにしただけでまだ満足しない帝国主・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
・・・ これから、彼女にはまるで理由の分らなかった自分と周囲との不調和、内から湧こうとする力と、外から箍をかけて置こうとする力との、恐ろしい揉み合いの日が続いたのである。 個人的傾向と、一般的方則の衝突。誰でも感じなければならないこの不調・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・私は『牡丹のある家』の作者が、社会的重圧との積極的な揉み合いのうちに、或る時は作品を切りこまざかれつつ、いつしかプロレタリア婦人作家としての向上線を辿りつつあることを意味深い歴史の反映として感じ、作家の発展ということについての深い暗示がそこ・・・ 宮本百合子 「二つの場合」
・・・両手を拡げるように都会植民地の前に大柱列を並べ、人はそこまで出てしまうと西から来て再び西へ寄せ返す人波と、二つの巨大な磁石巖――株式取引所と銀行とのまわりで揉み合い塵を捲き上げつつ流れる人渦とを見るだけである。 ヨーロッパの買占人、・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫