・・・またどんな仔細がないとも限らぬが、少しも気遣はない、無理に助けられたと思うと気が揉めるわ、自然天然と活返ったとこうするだ。可いか、活返ったら夢と思って、目が覚めたら、」といいかけて、品のある涼しい目をまた凝視め、「これさ、もう夜があけた・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 出掛ける気にもならず、仕たい事は手につかず、気は揉める。「どうしようかなあ。 馬鹿らしい独言を云って机の上に散らばった原稿紙や古ペンをながめて、誰か人が来て今の此の私の気持を仕末をつけて呉れたらよかろうと思う。 未・・・ 宮本百合子 「秋風」
・・・然し、本当に五月蠅い気の揉める婆じゃないか」 彼は、さっきれんが一年にたった一度のクリスマスと云った口調を、その節まで思い出してむっとした。「僕やお前が若いと思ってちび扱いにするんだ。代りなんかいくらでもあるよ。――僕だって先刻まで・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・ 私は誰か出て来て、なおしてあげる人はないのかと私の気が揉める。 白い羽根を一本一寸気軽にビロードの帽子にさした若者が、愛嬌のいい顔をして小器用になおしてあげる。 どっかハムレットに似て居る。 オフィリアは居ないかしらん、・・・ 宮本百合子 「草の根元」
・・・バスケットや小鞄、風呂敷づつみを下げ、汗にまびれ、気の揉める心配そうな顔で改札口の方へ首をのばしている群集の中に、何割もうそれぎり国へかえってしまおうとしている少年少女たちがまじっていただろう。 故郷はそのようにして帰った息子や娘をどん・・・ 宮本百合子 「若きいのちを」
出典:青空文庫