・・・そういう意味では失敗作だったが、逞しい描写力と奔放なリアリズムの武器を持っている武田さんが、いわゆる戦記小説や外地の体験記のかわりに、淡い味の短篇を書いたことを私は面白いと思った。嘘の話だからますます面白いと思った。しかも強いられた嘘ではな・・・ 織田作之助 「四月馬鹿」
・・・この趣味を描くために武蔵野に散在せる駅、駅といかぬまでも家並、すなわち製図家の熟語でいう聯檐家屋を描写するの必要がある。 また多摩川はどうしても武蔵野の範囲に入れなければならぬ。六つ玉川などと我々の先祖が名づけたことがあるが武蔵の多摩川・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・しかし文芸はその約束として個々の体験と事象との具象的描写を事とせねばならぬ故、人生全体としての指導原理の探究を目ざすことはできぬ。それ故一定の目的をもって文芸に向かうものにとっては、それは活きてはいるが低徊的である。それは行為の法則を与えよ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・「客観描写」「現実曝露」等、ブルジョアジーがその生産方法の上に利用した科学の芸術的反映として、ブルジョア社会建設のために動員され、そして発展したものである。だから、そのなかに、日本ブルジョアジーの特色の一つをなす、軍事的性質が反映しているの・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・それを捉えて馬琴は描写したのであります。即ち馬琴の書いた第一種類の人物は当時の実世界には居らぬこと勿論であるが、当時の実社会の人々の胸中に居たところの人物なのであって、他の時代や他の土地の人々の胸中の人物を描いたのでは無い。ですから決して当・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・「どうも、僕には、描写が、うまくできんので、――いや、できんこともないが、きょうは、少しめんどうくさい。簡潔に、やってしまいましょう。」生意気である。「博士が、うしろを振りむくと、四十ちかい、ふとったマダムが立って居ります。いかにも奇妙・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・ 事実、作品に依れば、その描写の的確、心理の微妙、神への強烈な凝視、すべて、まさしく一流中の一流である。ただ少し、構成の投げやりな点が、かれを第二のシェクスピアにさせなかった。とにかく、これから、諸君と一緒に読んでみましょう。 ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・絢爛の才能とか、あふれる機智、ゆたかな学殖、直截の描写力とか、いまは普通に言われて、文学を知らぬ人たちからも、安易に信頼されているようでありますが、私は、そんな事よりも、あなたの作品にいよいよ深まる人間の悲しさだけを、一すじに尊敬してまいり・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・例の用水に添った描写は、この時に写生したものである。それから萩原君を、町の通りの郵便局に訪ねた。ちょうど、執務中なので、君の家の泉州という料理屋に行って待っていた。萩原君はそこの二男か三男で、今はH町の郵便局長をしているが、情深い、義理に固・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・* ゴットフリード・ケラーとはどんな人かと思って小宮君に聞いてみると、この人はスイスチューリヒの生れで、描写の細かい、しかし抒情的気分に富んだ写実小説家だそうである。 哲学者の仕事に対する彼の態度は想像するに難くない。ロックやヒュー・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
出典:青空文庫