・・・路行く人や農夫や行商や、野菜の荷を東京へ出した帰りの空車を挽いた男なんどのちょっと休む家で、いわゆる三文菓子が少しに、余り渋くもない茶よりほか何を提供するのでもないが、重宝になっている家なのだ。自分も釣の往復りに立寄って顔馴染になっていたの・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・ 思いもよらない収入のある話が、この私の前に提供されるようになった。 私たちの著作を叢書の形に集めて、予約でそれを出版することは、これまでとても書肆によって企てられないではなかった。ある社で計画した今度の新しい叢書は著作者の顔触・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・これは私の戸籍名なのであるが、下手に仮名を用いて、うっかり偶然、実在の人の名に似ていたりして、そのひとに迷惑をかけるのも心苦しいから、そのような誤解の起らぬよう、私の戸籍名を提供するのである。 津島の勤め先は、どこだっていい。所謂お役所・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・この言葉のもてはやされる以前に米のグリフィスや仏のガンスなどの実行したいろいろの独創的な効果的手法は畢竟モンタージュの先駆的実例を提供するものである。 しかしこの言葉の内容が細かに分析されるようになり、「併行モンタージュ」「比喩モンター・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・ 五 すみれ娘 日本の近代映画でも、PCLの提供するものの中には色々な点で有望な進歩の動向を示しているものがあるように思う。この「すみれ娘」などもその一例である。あくどい蒼蠅さがわりに少なくて軽快な俳諧といったよう・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(5[#「5」はローマ数字、1-13-25])」
・・・これは日本映画の将来の改善のために根本的な問題を提供するものだと思われる。 二 実写映画に関する希望 せんだって「北進日本」という実写映画を見た。いろいろな点でなかなかよくできているおもしろい映画であると思われた。た・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・自ら進んで自己を進歩の祭壇に提供する犠牲もある。――新式の吉田松陰らは出て来るに違いない。僕はかく思いつつ常に世田ヶ谷を過ぎていた。思っていたが、実に思いがけなく今明治四十四年の劈頭において、我々は早くもここに十二名の謀叛人を殺すこととなっ・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・だからわしはポスターでも、会場費でも何でも提供している。しかしだね、諸君は学生だ、いいですか、いわば親のすねかじりだ。いや怒っちゃいけませんよ、しかしだネ、いざといって、諸君に何か……」 さいごに、おとなしい福原も、だまって外へ出ていっ・・・ 徳永直 「白い道」
・・・描かんとする人物に対して、著作者の同情深厚ならざるときはその制作は必ず潤いなき諷刺に堕ち、小説中の人物は、唯作者の提供する問題の傀儡たるに畢るのである。わたしの新しき女を見て纔に興を催し得たのは、自家の辛辣なる観察を娯しむに止って、到底その・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・その発見者に比較的の位置を与える工夫を講じないで、徒らに表彰の儀式を祭典の如く見せしむるため被賞者に絶対の優越権を与えるかの如き挙に出でたのは、思慮の周密と弁別の細緻を標榜する学者の所置としては、余の提供にかかる不公平の非難を甘んじて受ける・・・ 夏目漱石 「学者と名誉」
出典:青空文庫