・・・ われわれはインテリゼンスの階層である読書青年が今その旺盛な知識欲をもって、その知的胃腑を満たし、また思考力を操練せねばならないとき、知性の拡充よりもその揚棄を先きに説かんと欲するものではない。しかしながら知性そのものにもその階層がある・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・彼はショーペンハウエルが揚棄した意志を、他の一端で止揚したまでである。あの小さな狡猾さうな眼をした、梟のやうな哲学者ショーペンハウエルは、彼の暗い洞窟の中から人生を隙見して、無限の退屈な欠伸をしながら、厭がらせの皮肉ばかりを言ひ続けた。一方・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・ 三・一五、四・一六などの後、運動の困難と再建の事業が集注的関心となった時代には、コロンタイズムは一応揚棄され、運動のためにはあらゆる個人の感情、個人生活の利害を犠牲にしなければならぬものであるという、いわゆる鉄の規律が一般の理解におか・・・ 宮本百合子 「新しい一夫一婦」
・・・ いずれ永いジグザグの道を経た上でのことだろうが、女の幸福の問題はやがて次第にその局部的な、しかしきわめてその社会の基本的なありようと関係しあった特殊性を高めひろげ、揚棄して行って、いつかは人間の幸福についての具体的な条件の一つとして、・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
・・・ 折角新しい社会関係で労働に従事し、新しい生活で鍛えられつつある若者が、芸術と生産の間にブルジョア文化がもっていたような分裂へ逆転して、既成作家が揚棄しようとしている欠点を自分達の文学修業の出発点としたりするようなことがあれば、それはと・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・プロレタリア文学は、日本の事情の下ではその出生の階級を揚棄しようとするインテリゲンツィアと勤労階級の中からの少数の知識分子とによって作られて来たのであった。日本の左翼運動の退潮はインテリゲンツィアを或る意味で全面的に動揺させ帰趨を失わしめた・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・盾は包蔵されていたのだが、彼の社会関係における態度と創作の実践を通じて仔細に見れば見るほど、私たちの前にはっきり現れて来るのは、ゴーリキイの社会的実践によってそれ等の矛盾が如何により高きものに統一され揚棄されて、今日の彼になっているかという・・・ 宮本百合子 「作家研究ノート」
・・・見られるとおり、ソヴェト社会が、人類の歴史にもたらしつつある寄与の大きさによって、国際的となりはじめた若い有能な作家・技術家・諸市民が、自身の生活的実感において国際的になりつつある、その現実からこそ、揚棄されてゆくのである。 ソヴェトの・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・同志小林が敵に虐殺されたことによって、自身の未完成を揚棄し得たかのように考えるとすれば、それは階級的前衛に加えられる敵の悪虐の真相を、大衆の面前から押しやり、復讐の目標をそらすものである。 われわれは先ず同志小林の業績を正しく階級的に評・・・ 宮本百合子 「前進のために」
・・・時代の自然主義的手法の晦渋さ、その反撥として以後の諸作を貫いていたやや浮き上った平易さへの努力の跡を揚棄している。作者のレーニン的世界観の統一、政治的鍛練によって、自らそなわって来た独特の簡明さ、迫真力、革命的気宇の大さが、作品の深い光沢と・・・ 宮本百合子 「同志小林の業績の評価に寄せて」
出典:青空文庫